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 ここまで述べてきたように,中国人の従業員とうまくコミュニケーションを取りながら,労務管理を徹底すれば,中国現地工場での生産停止のリスクは減らせる。各社が生産停止のリスクを回避すれば,原材料の仕入れ停止のリスクも低く抑えられる。

 だが,チャイナリスクは生産停止と原材料の仕入れの停止だけではない。本連載の第4回で既に述べたように,人民元の上昇によるコストアップや,不安定な政権による生産停止,日本の製造業の空洞化──なども重大なチャイナリスクとして日系メーカーの前に立ちふさがっている。

 人民元が切り上がればコストは上昇し,「中国で造れば低コスト」という常識は通用しなくなる。また,今回の反日デモで中国政府の抑制が直ちには効かなかったことで,中国共産党は以前よりも統治力を失っているという見方さえ出てきている。政権が不安定になれば,日系メーカーの中国現地工場にどのような影響があるか予測すらできない。そして,工場が日本から中国へと過剰にシフトして行くことで,日本の製造業の競争力が薄れつつあることは,今さら繰り返すまでもないだろう。

「脱中国依存」を真剣に考える時に

 こうした,いわば広い意味でのチャイナリスクは“現場の対応”では解決できない。どうすればよいのか。

 その一つの回答が,「脱中国依存」だ。もちろん,研究開発から生産まで,ものづくりに関して日本と中国は今や切っても切れない関係にある。発展が期待される中国市場へのアプローチや,大手メーカーなど大口顧客からの要請などを考えると,すべての日系メーカーが中国から完全に引き揚げることは現実的でないし,損失を生むことにもなりかねない。ここでいう「脱中国依存」の真意は「チャイナリスクの大きさを真剣に考慮し,バランスを取った中国投資を考えた方が日本メーカーの持続的な利益につながる」ということだ。

 事実,冒頭のユニデンは2005年5月26日,中国以外にフィリピンに生産拠点を設けることを正式に決定した。しかも,単にフィリピンに現地工場を追加して生産能力を増やすのではない。法令を厳守して中国現地工場の作業員の残業時間を抑制し,同社は中国での生産量を減らす決断を下したのだ(関連記事:「ユニデン,『脱中国依存』を決定。新たな生産拠点をフィリピンに」)。

 ユニデンだけではない。今後はチャイナリスクを踏まえて大型投資を決めるという船井電機,帝国データバンクの調査で明らかになった,今後の中国進出を見直すという日本企業などは,「脱中国依存」の好例と言える。

「世界の工場」の時代は終焉か

 このうち,ユニデンが生産拠点の「脱中国依存」を実行することになったそもそものきっかけは,実は反日デモの高まりに乗じた今回のストの発生を受けてではない。既述の通り,2004年12月に中国現地工場で労働争議が持ち上がったことを端緒に,同社はチャイナリスクを深刻に受け止めてリスク分散のための「脱中国依存」を検討し始めた。そして,ちょうど中国での一極集中生産を見直し,フィリピンを含めて世界各国での生産拠点の可能性を検討していた最中に,同社は中国現地工場で反日デモに乗じたストの影響を受けたのである。

 こうした見直し作業の過程で,ユニデンは「中国生産のメリットは次第に小さくなりつつある」ことに気付いたという。同社は1990年代の前半に中国のシンセンに現地工場を設立した。その理由は「低い人件費と豊富な労働人口という利点があったから」(同社)だ。ところが,その利点は「この10年で随分変わってしまった」と同社は感じている。

 ユニデンは次のように説明する。「低コストを求めて,世界中の外資系企業が大量にシンセンに進出してきた。その結果,次第にコストが上昇していった。例えば人件費は,当社が進出した1992年当時は月収で8000円だった。だが,今では月収が1万8000円と2.25倍にまで上がっている。その最も大きな原因は,人手不足にある。当社が進出した当時は作業員を募集すればその5~6倍の応募があったものだが,今や紹介所を介してもなかなか作業員が入ってこない。その影響から,当社の中国現地工場は生産能力の増減に柔軟に対応しにくくなっている。少し前まで『中国は内陸部から無尽蔵に人が供給されるから,いつまでも低コストが続く』とあれほど喧伝されたのは,一体何だったのか」。

 それだけではない。税金の優遇のメリットも消えつつあるのだ。「当社が進出した場所は経済特区で,外資系企業の投資に対して税金が優遇されていた。しかし,10年を経過して,その利点は薄まってきた」(同社)。日系メーカーの中国現地工場での豊富な経験を持つ遠藤健治氏も税金に関してこう指摘する。「中国の経済特区では,外資系企業にトータルで5年間の優遇税制が施される。だが,利益が上がると税率は高くなる。利益が上がらなければ,理論的には税金の減免期間は延びるはずなのだが,実際には最初の2年間は税金がゼロでも,中国の地方政府が3年目には無理矢理にでも利益が上がっているようにさせて,しっかりと税金を取っていくと嘆く日系メーカーは多い」。

 つまり,ユニデンが「脱中国依存」を急ぐのは,反日デモなどによる生産停止の再発を恐れるためだけではない。中・長期的な視点から,中国現地工場のコスト競争力が薄れていくことを認識し始めたからでもあるのだ。「実際,多くの中国人は『もはや中国は世界の工場ではない』と思っている。世界の工場とは,低賃金の人海戦術を武器に先進各国の工場を中国に集め,そこで製品を安く組み立てて世界各地に輸送すること。だが,中国国民の多くが,今や低い人件費を生かして製品を造るというビジネスモデルで外貨を稼ぐという時代は終わったと考えている。つまり,多くの先進国の企業と同じく,知恵で稼ぐビジネスモデルを目指す中国の現地企業が増えており,人件費は今後ますます高くなる可能性がある。その上,市場は大きくなっているし,インフラも整備されてきた。中国のコストは今後も上昇に向かうだろう」(ユニデン)。(次回に続く

    連載の目次
  1. 怯える日本企業
  2. 狙われた現地工場
  3. 理不尽な理由
  4. 貧富と腐敗
  5. 壊滅するメーカー
  6. 意志疎通の力
  7. 正面を切る対峙
  8. 不良社員の変身
  9. 中国依存からの脱却
  10. 持続的成長への布石