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【チャイナリスクに勝つ】 第4回---貧富と腐敗

近岡 裕=日経ものづくり
2005/05/26 18:25
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 多くの日系メーカーに直接の非がないのに,なぜ,中国でこうした反日デモや「反日スト」が起きるのか。これには日中両国の政治事情のほかにも理由がある。中国の製造業に詳しい日本政策投資銀行新産業創造部課長の木嶋豊氏は「反日デモやストの背景に格差を生む経済政策と,政府関係者の一部で進行する腐敗に対する中国国民の不満がある」と指摘する。この指摘は,早稲田大学アジア太平洋研究センター教授の天児慧氏の見解とも一致する。「反日デモなど一連の動きの背景にあるのは腐敗と貧困への不満だ。共産党だけでなく,公安,裁判官,警察官の腐敗は深刻で,賄賂などが横行している。貧困の問題は内陸部の農村地区だけではない。最近は都市部の貧困も目立ってきた」(同氏,2005年4月18日付の日経産業新聞より引用)。

反日デモ・ストが起きた本当の理由

 木嶋氏が指摘する「格差」と天児氏の「貧困の問題」とは同じものである。今,中国では国民の間に極めて大きな「貧富の差」が生じ,その差は拡大の一途をたどっている。例えば,地域による貧富の差だ。上海や北京,天津といった都市が集中する沿岸部と,農村が広がる内陸部とでは,国民が手にする所得に大きな隔たりがある。例えば,1人当たりのGDPは,2003年の時点で上海が4418米ドル(47万2726円:1米ドル=107円換算)であるのに対し,内陸部にある貴州では420米ドル(4万4940円)を下回る。実に,1人当たりのGDPで10倍以上の格差がついているのである。

 こうした地域による貧富の差を生む“トリガー”となったのは,外資系企業の投資だ。外資系企業の多くは沿岸部に進出し,そこに現地法人を設立してホワイトカラー職に中国人を採用した。そのため,幹部クラスや中堅クラス,技術者などの専門職の社員は高い賃金を手にすることができる。ところが,農村が広がる内陸部には外資系企業による目立った投資はなく,先述した太陽誘電やユニデンの現地工場の従業員のように沿岸部に出稼ぎに来て収入を得ようとする人が圧倒的に多いというのが現実だ。

 これが中国国民の貧富の差を拡大していく(別掲記事2:「社宅から追い出される国民」)。木嶋氏は「中国の上流階級は日本では考えられないほど裕福な生活をしている一方で,出稼ぎで苦労している作業者が手にする月収はせいぜい6000円~1万円程度」と言う。中国紙は中国での貧富の差について次のように報道したという。資産総額100万米ドル(約1億700万円)を超える富裕層が約30万人以上に上り,同1000万米ドル(約10億7000万円)という富豪も約1万人に達している。都市部での階層分化を見ると,富裕層の上位10%が都市部住民の世帯収入総計の50%を独占。富裕層と貧困層の収入格差は8倍にもなっている。

根強い反日感情

 貧富の差と一部政府関係者の腐敗だけであれば,中国内部の問題であり,日本メーカーが影響を受けることはない。だが,ここにいわゆる根強い「反日感情」が加わり,事態を難しくしているという。

 中国政府は批判を許さず,インターネットの書き込みも,いわゆる“サイバー警察”や公安当局が取り締まる。つまり,中国国民はいかに不満があっても,それを直接ぶつけることはできない。しかし,反日感情から,日本に対する批判と行動なら許されると中国国民は考える。反日デモの際にデモ隊が叫んだシュプレヒコールの一つ,「愛国無罪」はそれを端的に表している(注:ただし,愛国無罪とは「国を愛するがために主張することや行動することを政府が取り締まるのはおかしい」という,デモ隊から中国政府に向けられた主張。一部日本のマスコミが報じた「愛国をうたえば,何をやっても許される」という意味ではない)。

 ちょうどこのとき,「東シナ海における中国のガス田開発に現れた経済水域の問題」や「日本の国連安全保障理事会常任理事国入りの問題」がわき上がり,日本の歴史教科書の問題や尖閣諸島をめぐる領有権の問題も日中間に現れた。これらがきっかけとなり,反日デモが起こったようだ。

 木嶋氏は続けてこう指摘する。「中国政府に悪意はなく,決して意図的に反日デモを主導したわけではない。しかし,国民の不満のガス抜きをするために日本批判を大目に見ていた。そこで発生してしまったのが,反日デモだ」(別掲記事3:「コントロール不能を恐れた中国政府」)。

“活断層”の上に建つ日系メーカーの現地工場

 ここまでみてきたように,貧富の差と一部政府関係者の腐敗が解消されない限り,中国国民の不満はくすぶり続ける。しかし,こうした重い課題が直ちに解消するとは考えにくい。

 こうしたことを踏まえると,「中国では反日デモのような暴動のリスクは今後もなくならない」と考える方が自然だろう。たとえ表層的には反日デモが沈静化していても,何かの拍子に再び中国で反日感情が爆発し,暴動に発展する可能性があると日系メーカーは認識していた方がよい。いわば,現状の日系メーカーの中国現地工場は“チャイナリスクの活断層”の上に建っているのである。

 実際,今回の一連の反日デモや,それに関連した一部工場の生産停止は,チャイナリスクのほんの一つの事象に過ぎない。日系メーカーが中国でものづくりを展開する上で考えられる主なチャイナリスクには,ほかにも「原材料の仕入れ停止」「人民元の上昇によるコストアップ」「不安定な政権が与える生産への影響」「日本の製造業の空洞化」──といったものがある。(次回に続く

社宅から追い出される国民

低賃金の問題に加えて,現在の中国国民はさらに深刻な問題に悩まされている。 それは,失業の恐れだ。

 今,中国政府は国営企業(国有企業)についての考え方を大きく変えつつある。競争原理が働かないために,利益を出せずに債務超過となっている多くの国営企業を整理・統合する政策へと舵を切ったというのだ。「最近では,中国の民営企業にだけではなく,外資系企業に対しても国営企業の買収を中国政府は認めている。加えて,こうした買収の際に,従業員にはいくらかの退職金を払い,解雇することも中国政府は許可している」(日本政策投資銀行新産業創造部課長の木嶋豊氏)。実際,国営企業の従業員の解雇は,今や中国では日常茶飯事だという。

 解雇された従業員の問題は,職を失うことだけにとどまらない。多くの従業員は国営企業が用意した社宅に住んでいる。そのため,解雇された従業員は,こうした社宅からも追い出されてしまう。かといって,「現在中国は不動産バブルの状況。一般の国民は家を購入したくとも手が届かないことも多い」(木嶋氏)。国営企業の整理・統合が生むこうした失業者が,中国で今,増えつつある。

 失業の不安に加えて住宅を失う不安が多くの中国国民にのしかかっているのに,木嶋氏や,早稲田大学アジア太平洋研究センター教授の天児慧氏が指摘するように,中国政府や共産党関係者の一部は恩恵を被り続けている。その一例として,次のようなエピソードを聞くことができた。

恩恵を受ける人,取り残される人

 国営企業の売却が決まり,従業員が解雇されると,社宅が壊されてその場所にマンションが建つことがある。この社宅と土地を破格に安く購入するのが,中国政府や共産党の関係者,彼らにコネを持つ人だという。中国政府はそうした人に社宅と土地を安く払い下げ,彼らはマンションのデベロッパーに高く売って個人的に大儲けする。往々にして,このデベロッパーも中国政府や共産党の関係者,またはコネを持つ人が運営しているという。

 現在,上海などではマンションは投機の対象となっていることもあって,大変な人気がある。完成したマンションには抽選を待つ長蛇の列ができることも少なくない。一般の国民が朝早くから並んで待っていて,一向に抽選ができない中,そこにクルマで乗り付けた人がいる。その人は手に「赤い札」を持っていた。待ち続ける一般の国民をしり目に,赤い札を持ったこの人物は,さっさと抽選を済ませ,しかも「ペントハウス」など最も価値が高く高額な物件を破格な安さで購入した。赤い札は「優先抽選券」だったのだ。その上,その人物はその物件に住むことはなく,転売してボロ儲けしたという。

 「利権は,規制国家から資本主義市場社会に移行する過渡期にしばしば見られる現象。中国は現在その時期に当たるのではないか。いずれにせよ,中国の発展には利権が絡んでおり,一部が私腹を肥やしている。一般の国民がこうした事実を知らない間は問題にはならなかった。だが,現実に社宅から追い出されて住む場所を失う国民が増えつつあることで,国民の不満はマグマのように大きくたまっている」と木嶋氏は中国国民の現状を説明する。

    連載の目次
  1. 怯える日本企業
  2. 狙われた現地工場
  3. 理不尽な理由
  4. 貧富と腐敗
  5. 壊滅するメーカー
  6. 意志疎通の力
  7. 正面を切る対峙
  8. 不良社員の変身
  9. 中国依存からの脱却
  10. 持続的成長への布石
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