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 前回の記事で掲げた複数のチャイナリスクのうち,今,日系メーカーが最も懸念しているものは,現地工場の従業員がデモやストを起こし,生産停止に陥ることだろう。実際,今回の反日デモに乗じたストで太陽誘電やユニデンの現地工場が操業停止になったことは前回までに述べた通りだ。たとえ自社の現地工場が大丈夫でも,原材料の仕入先の生産がストップすれば,自社の現地工場でも製品を造れなくなる。

生産停止のリスクが急上昇

 影響はサプライ・チェーンに沿って伝播するため,日系メーカーだけでなく,中国の現地企業などにも影響は広がるだろう。もちろん,仕入先の生産停止の問題は自社ではコントロールできないので,個々の日系メーカーが自社の生産停止のリスクを回避するように努めることが,国籍を問わないメーカー同士の良好な関係の維持に欠かせない。

 この生産停止のリスクの大きさについて,大企業と中小企業を含めて日系メーカーの中国現地工場で10年以上の勤務経験を持つ遠藤健治氏はこう指摘する。「中小メーカーは生産停止のリスクが非常に高い。危険といっても言い過ぎではないほど。大手メーカーでも,中国現地工場の従業員の管理が行き届いていないところは,そのリスクがある」。

 遠藤氏によれば,一般に日系メーカーの中国現地工場の中国人従業員は,三つの層に分けられるという。(1)次長・課長クラスの「幹部層」(2)係長・班長クラスの「中間管理職層」(3)組み立て作業に従事する一般の「作業員層」──だ。日本人の管理者は,部長クラスとしてこうした中国人の従業員の管理をすることが多い。

中国現地工場の従業員の力関係

 遠藤氏は中国現地工場の従業員の各層を次のように説明する。

 まず,(1)の幹部層は,日本人と親密な関係を築いているように見える層である。大学進学率の低かった1980年代に入社した従業員が多く,日系メーカーで働くことで,例えば月収6000~7000元(7万2200~8万6590円:1元=12.37円換算)といった高い賃金を得ている。現在の新卒社員と比較すると,成果や能力以上に評価されて昇進している,いわば“時代的に運が良かった層”といえる。彼らは決して日系企業に反発したりしない。もしも反発すれば,現状の好待遇を失うことになるからだ。

 (2)の中間管理職層は,幹部層と強いつながりがある層。本人の成果や能力よりも,“同郷意識”など派閥的な要素から幹部層によって作業員層から引き上げられた者が多いからだ。そのため,幹部層には無批判に従い,自分たちが独自に何かを決めて行動することはほぼない。たとえ独自に行動を起こしたとしても,それが幹部層の考えに反するものであれば,必ずといってよいほど幹部層からつぶされてしまう。

 (3)の作業員層は,中国の内陸部の農村地区から出稼ぎに出てきた人たち。やはり同郷など,幹部層とかかわりのある人も多い。仕事に関して自分の意見をあまり言わないし,不満もそれほど口にしない。不満に感じるのは,作業員の間の不公平さである。例えば,「誰々が作業員から班長になった」とか「どこどこの部門は残業が多くて賃金が自分よりも高い」といったことだ。人と比べてなぜ自分は損をしているのかに関して敏感になる。ただし,こうした不公平さは個々が感じることであり,作業員全体が一致して会社に反発することは考えにくい。

 遠藤氏は「反日デモやストのような事態を防ぐためには,日本人の管理者は(1)の幹部層とうまくコミュニケーションを取ればよい」と指摘する。日系メーカーから厚遇されている幹部層は,会社を離れればそうした特権を失うことをよく分かっているため,日本人の管理者の言うことにきちんと従う。しかも,中間管理職層は自分たちが引き上げた部下だから,彼らは幹部層の言うことに逆らわない。

 要は,現地工場で何かトラブルが発生した場合,日本人の管理者は,幹部層と話し合って解決策を見付け,彼らに動いてもらえば,後は自動的に作業員層までうまく管理できるというのである。「実は,幹部層の中には社歴が長いだけで仕事ができるとは言い難い社員が多い。しかし,会社と中間管理職層や作業員層との“仲介役”としては,非常によく働いてくれる」(遠藤氏)。

 こうした社歴の長い幹部層がいるのは,中国進出が早かったメーカーだ。そのため,比較的早期に中国進出を決めた日系の大手メーカーは,反日デモやストによる生産停止に陥る可能性は低いと遠藤氏は見る。日本政策投資銀行新産業創造部課長の木嶋豊氏も「自動車業界にしろ電機業界にしろ,大手メーカーの場合は反日デモやストといったリスクに対して免疫がある」と評価する。ただし,大手メーカーであっても,日本人の管理者が幹部層をうまく管理できていない場合や,幹部層同士がもめている場合などは,生産停止にまで発展する可能性は当然ながら高くなる。

深刻な打撃を受ける危険なメーカー

 生産停止のリスクが最も高いのは,日系の中小メーカーだ。「特に,華東地区である上海近郊や杭州近郊にある中小メーカーの現地工場は,反日デモやストに弱く極めて危険だ」と遠藤氏は指摘する。上海近郊や杭州近郊は,広東地区などと比べて比較的最近になって進出した企業が多く集まっている場所。実際,日系の中小メーカーの現地工場がひしめき合っている。

 問題は,まず中国に進出してからの歴史が浅いために,こうした日系の中小メーカーの現地工場では,日本人の管理者と幹部層との間に良好な関係が築けていない場合が多いことだ。先述のように,中国現地工場では幹部層が作業者たちをうまく管理するために仲介役としての役割を果たす。ところが,その肝心な幹部層とのコミュニケーションがうまく取れていないのでは,日本人の管理者が末端の作業員層まできちんと統率することは難しい。

“外様”幹部よりコネを持つ地元の作業員

 幹部が外部からやってきた場合は,さらにリスクが高まる。例えば,中国の他の地域にある会社からスカウトされてやってきたような場合だ。これは中国の「地域による社会的な人間の力関係」と大いに関係がある。実は「中国では地元の人間の力関係が最も強いと言われている。その地域の政府や警察などの権力者と親戚だったり,友人だったり,知り合いだったりすることが多いからだ」(遠藤氏)。

 こうした場合,会社では役職が下位であっても,力関係は上であるという“逆転現象”が起きる。会社の外の“序列”における力関係の方が勝るため,しばしば「作業員の方が班長や幹部よりも威張っている」という事態が起こり得る。そのため,外部からスカウトした幹部が,部下である中間管理職層や作業員層から地元出身ではないという理由で低く見られ,部下たちが幹部の言う通りになかなか動かない可能性があるという。

 こうした社会的な力関係は,作業員層が会社に対して反発を起こしやすくするという一面もある。例えば,作業員の中に地元の権力者と関係のある人がいた場合,その人は作業員の中でも一目置かれ,強い発言力を持つようになる。すると,その人物が会社に対する不満から何か行動を起こすと主張した場合,周囲の作業員たちもその人物に従う可能性が高くなる。そうなれば,他の作業員を巻き込んで,会社に対して大きな抗議活動に発展する危険性が高まるというのだ。

 さらに,こうした日系の中小メーカーには,いわゆる素行不良な社員(不良社員)が入社する確率も高いという。上海近郊や杭州近郊では人手不足なので,優秀な社員は既に働いている。そのため,日系の中小メーカーが突然進出して作業員を募集すると,中には不良社員が混じっていたりする。ところが,「入社後に不良社員であることを知って,会社がその人物を解雇したりすると,会社や日本に対して憎悪を持つことがあり,後先を考えずに過激な行動に出ることがある」と遠藤氏は言う。

 こうした背景から「日系の中小メーカーで反日デモやストなどが起きた場合,会社は壊滅的な被害を受けかねない」と同氏は警鐘を鳴らす。(次回に続く

    連載の目次
  1. 怯える日本企業
  2. 狙われた現地工場
  3. 理不尽な理由
  4. 貧富と腐敗
  5. 壊滅するメーカー
  6. 意志疎通の力
  7. 正面を切る対峙
  8. 不良社員の変身
  9. 中国依存からの脱却
  10. 持続的成長への布石