DRAMとフラッシュEEPROMに代表される半導体メモリは,パソコンや携帯電話機,デジタル家電などのほぼすべてに使われているといっても過言ではないキー・デバイスだ。したがって,メモリ市場の動向を見極めるには,並行してデジタル機器や製品の市場動向もつぶさに観察しなくてはならない。

 日経マーケット・アクセスでは,以前からこうした視点で市場分析を続けている。今回は全10回にわたって,密接に関係する半導体メモリとその応用機器市場の最新動向をTech-On!の短期集中連載としてお届けしたい。

変わるDRAMメーカーの戦略

 半導体メモリ製造は巨大な投資を必要とする産業である。別の言い方をすれば,投資状況から将来における生産能力の上限が的確に予測できる。しかも,製造ラインの稼働率を高く保たないと巨大投資の償却すらままならなくなるという事情を抱えているので,生産量の下限値も自ずと存在する。この上限値と下限値の存在が,過去においてDRAM価格が乱高下する原因の1つとなっていた。これを以下で詳しく説明しよう。

 記憶に新しいのは2000年から2001年にかけての価格推移である。いわゆるパソコン・バブルの崩壊で,需要が急速に減退した結果,2001年の世界DRAM生産額は対前年比62%減の108億1000万米ドルまで落ち込んだ(下図)。しかし一方で,2001年の世界DRAM生産容量の実績は対前年比42%増の350Pビット(P=peta,10の15乗)にも増えていた。ビット単価は,わずか1年で1/3.7に急落した勘定だ。64Mビット品から128Mビット品に世代交代する時期と重なったので,ビット単価が下がる要因はあったが,それをはるかに上回る下落率である。

 このことは何を意味するのか。利益が出せなくなったDRAMメーカーが,ライン稼働率を下げて赤字になるよりも,原価割れの増産による赤字という選択をした結果,上のようなビット単価下落が起こったと考えられる。

 原価割れの増産という道を選んだのは,この業界で以前からある次のような戦略からだった。すなわち,まず赤字覚悟でライバルDRAMメーカーよりも安価に提供することでシェアを拡大し,ライバル・メーカーの市場からの退場を促し,かつ,自身の市場に対する影響力の確保を狙うというものである。

 しかし最近になって,事情が変わってきている。ここ1年,かつてのように積極的にシェア拡大に奔走するメーカーは影を潜めている。理由は2つある。1つは市場が回復基調にあるため。主要需要先であるパソコンの生産が毎年10%程度の成長を続けている。季節変動で短期的には供給過剰になることはあっても,中期的にはほぼ需給バランスがとれている。

 もう1つの理由は,DRAM生産ラインの稼働率を下げることなく供給を絞ることが,ここ1年くらいの間で可能になったことだ。つまり,DRAM生産ラインの転用である。転用で何を生産するかといえば,フラッシュEEPROMである。

DRAMとフラッシュEEPROMの世界生産額の推移(2004年までは実績値,2005年は予測値)

DRAM生産ラインで急成長中のフラッシュを作る

 フラッシュEEPROMは大別してNOR型とNAND型があるが,このうちDRAM生産ラインを転用して製造しているのはNAND型である。主な用途は,メモリ・カードをはじめとする各種記録媒体だ。過去2年間で爆発的に普及したデジタル・カメラ用記録媒体として,NAND型フラッシュEEPROMの市場が急拡大した。

 上図にはNOR型とNAND型を合わせた市場を掲載したが,2002年までNAND型の年間生産額は多くても13億米ドル程度でしかなかった。この市場規模では,DRAM生産ラインのごく一部をNAND型フラッシュEEPROMに転用するだけで,NAND型フラッシュEEPROMは大幅な供給過剰に陥り,価格暴落を招く。メモリ・メーカーにとってフラッシュへのライン転用の“うまみ”がなかった。

 ところが,2004年には年間生産額でNAND型がNOR型を上回る71億9000万米ドルにまで拡大した。デジタル・カメラに加え,今後は「iPod shuffle」に代表される携帯型デジタル音楽プレーヤ向けや,携帯電話機向けなど,新しい需要の急拡大が見込める。こうしてDRAMの供給過剰が懸念されると,直ちに生産ラインをNAND型フラッシュEEPROMに転用し,供給を絞ることが可能になったのだ(Tech-On!の関連記事)。

 2005年4月中旬以降,DRAMは季節変動によって採算割れ前後の価格で市場が推移している。逆にNAND型フラッシュEEPROMは品不足状態にある。既に大手DRAMメーカーはDRAM生産ラインの一部をNAND型フラッシュEEPROM生産に振り向けているが,この比率はもう少し高まりそうだ。

 次回は,DRAMの市場動向を短期予測も含め,もう少し詳しく解説する。


■菊池 珠夫■
野村総合研究所を経て,1996年に日経BP社「日経マーケット・アクセス」編集記者。2002年に日経BPコンサルティングが設立した後は,引き続き「日経マーケット・アクセス」で半導体やその応用機器市場の分析記事を執筆。

■キクタマのメモリ市場分析■
第1回シェア拡大から利益重視に向かうDRAMメーカー
第2回価格下落で2005年のDRAM世界生産額は14.4%増に減速
第3回フラッシュの成長はNAND型が支え,NOR型は厳しい状況
第4回NAND型フラッシュ,メモリ・プレーヤと携帯電話機用需要に火が点いた
第5回300mmウエハー対応ライン,2005年はSamsungが投入量でIntelを抜く
第6回安定成長へソフトランディングなるか,デジタル家電
第7回2005年のパソコン生産台数は6.7%増,金額はマイナス成長
第8回携帯電話機の生産動向,GSMは新興国向けでまだまだイケる
第9回2005年の液晶テレビは供給過剰に,生産調整はいつ?
第10回SCEIは部品不足か,PSP販売計画を下方修正

■「特別報告書」発行のご案内■
 日経マーケット・アクセスでは,携帯電話機やパソコンなど半導体メモリの応用製品と半導体メモリの生産動向について詳細にまとめた特別報告書「半導体メモリー/応用機器市場分析2005年4月」(年4回発行)の最新版を2005年4月27日に発行しました。詳しい内容はこちらでご覧になれます。