写真:栗原 克己

-なぜ,あえてリスクを取るのか。Google社が技術を完成させてから参入した方が安全ではないか。

 今の日本だと,もし角川がやらなければ,おそらく誰も手を出さない。Google社と組んだのは彼らが黒船だから。日本の人たちはやっぱり黒船が来ないと動かない。国内の会社だけで騒いでも何も変わらない。

 角川はユニークな会社で,コンピュータのオペレーションの会社を持っていて,インターネットのスキルがある,映画やシネコンがある,プロダクションもある,雑誌や書籍も作っている。海外投資家が多くて,アニメ作品が海外で売れた実績がある。日本にこんな会社は,ほかにない。動画共有でビジネスをやる仕組みを一番必要としているのは我々みたいな会社。僕はこの仕組みがどんどん広まればいいと思っていますけど,やはり一番必要な会社がまずやるのが自然でしょう。

 YouTubeへの協力について事前に会長(角川ホールディングス 代表取締役会長 兼 CEOの角川歴彦氏)に相談したときも,二つ返事でした。全権限をおまえにやるから,やれと。

 というのは,「ハルヒ(涼宮ハルヒの憂鬱)」や「らき☆すた」といった今の角川の看板コンテンツはみんな「コミケ」(コミックマーケット,国内最大の同人誌即売会)からきているから。コミケが始まったときに,日本の出版社はみんな否定的で,「あれは盗人市」みたいな扱いをした。でもそうじゃない。まねから始まるものはいっぱいある。みんな,王や長嶋のまねをして,今のイチロー,松井がいるんですよ。

 1億総クリエーターの中から優れたクリエーターを育てていくのは大事なこと。だから会長は思い切ってコミケを認めて,そこから「ハルヒ」などを生み出してきた。会長は「僕はあのときコミケを認めた人間。もし今,YouTubeを認める意思を持たないなら,福田君,僕の人生は何なんだ。それはもう僕の生き方としてあり得ない」と言ってくれました。

-ユーザーがアップロードしたコンテンツを対象に含めるのはなぜか。いわゆる2次創作にはいろいろなレベルのものがある。その判断基準は。

 判断基準は著作者の考え次第。だから,著作者とは徹底的に打ち合わせる。「全部落とせ」という人もいるが,「私,はやれば何でもいいのよ」って著作者もいっぱいいる。アニメ番組の丸々1回分でも,著作者がOKならマークと広告を付けて公開するつもりです。

 僕に言わせれば,なぜ削除する必要があるのか分からない。明らかに同じものなのに,公式コンテンツに比べて多少画質が落ちるからといって区別する方がむしろおかしい。見ている方は違いを理解できませんから。

 アップロードしたユーザーに悪気があるわけじゃない。むしろ逆。僕らを応援する側で,アップロードの手間を省いてくれてありがとうなんですよ。勝手にお金を取って,売っているわけじゃないですからね。

 2次創作も同じこと。著作者への尊敬の念があるかどうか。こいつはやるね,この映像は先生のことを心の底から愛していないと作れない。この人は給料の98%をきっと先生のために使っていますよ…といったことをお互いが分かるためにも,著作者と綿密な打ち合わせが必要なのです。

 逆に,著作者を愚弄するような内容なら徹底的に落とす。白黒付けるんじゃなくて,グレーを作る。グレーを作ることで,黒が黒だとはっきり分かる。白黒の二つだと,黒は微妙にグレーだと言い出す。でもグレーを作れば黒を外せる。あとはグレーを区分けしていけばいい。

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プロフィール
福田 正氏
角川デジックス 代表取締役社長 1961年,大阪府生まれ。米Boston College卒業。コンピュータ・サイエンスを学ぶ。食品メーカーを経て,障害者のコンピュータ利用の支援事業などにかかわる。2000年2月の角川デジックスの設立時に代表取締役専務に就任,2003年10月より現職。2004年10月よりウォーカープラス(現・角川クロスメディア)取締役,2007年4月より角川モバイル 取締役を兼任。同年10月,角川グループによる米BitTorrent, Inc.への出資に伴い,BitTorrent 日本法人の取締役も兼任している。

 日経エレクトロニクスはこれまで折に触れ,コンテンツ産業の動向やコンテンツの著作権に関するルールや技術について取り上げてきました。以下は,ここ1年ほどの間に日経エレクトロニクス誌に掲載したおもな関連記事です。ご一読いただければ幸いです。