iPadの利用例
iPadの利用例
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 2010年の電子書籍市場の主役は,間違いなく「iPad」だった。米Apple Inc.が米国で4月に発売したこのタブレット端末は,それまで米Amazon.com Inc.が“王者”として君臨していたこの市場に鋭い楔を打ち込んだ(関連記事)。

 iPad登場の最大のインパクトは,電子雑誌や電子コミックといった新たな市場を拓いたことである。Amazon.com社の「Kindle」など従来型の電子書籍専用端末は,紙に近い反射率やコントラスト比を有する白黒の電子ペーパーを搭載している。長時間,文字を読んでも目が疲れにくいのがウリで,書籍に適した端末である。ただし,カラー表示には対応していないので雑誌やコミックには向いていない。

 カラー液晶パネルを搭載するiPadは,これとは逆に雑誌やコミックに適している。実際,iPadの登場後には,数多くの電子雑誌が発売された。例えば米国の大手出版社Conde Nast社の電子版「Wired」は,大きな話題になった。iPadのマルチタッチUIに対応した軽快な使い勝手は雑誌をパラパラめくる感覚を再現しており,さらに動画を埋め込むなど紙の雑誌にはない仕掛けを施したからだ。電子版Wiredの第1号をダウンロードした人は,最初の一週間で9万人に達した。これは米国のニューススタンドで販売された紙版のWiredと同じ部数である(関連記事)。この事実は,電子雑誌という新たなビジネスが成立し得ることを世に知らしめた。

 米国の一部メディアは,「iPadはKindleの王者としての地位を揺るがすのではないか」と書き立てた。書籍のみならず,新聞,雑誌やコミックといった多様なコンテンツを表示できるiPadは,書籍中心のKindleを駆逐してしまうのではないか,という見方だった。

 しかし,この見立ては正しくなかった。Amazon.com社が運営する「Kindle Store」の他をリードする書籍の品揃えや書籍専用端末としての使い勝手の良さは,ユーザーから相変わらず高い評価を得ているようだ。同社の2010年第2/第3四半期の決算は,いずれも40%近い増益を達成しており,好調の要因としてKindle関連ビジネスの成長を挙げている。

 Amazon.com社は8月,従来モデルの「Kindle 2」より薄型・軽量,さらに低価格にしたKindleの新機種を発売した。価格を3G通信機能を内蔵したモデルで,従来の259米ドルから189米ドルに値下げした(関連記事)。

 ソニーや米Barnes&Noble社など競合他社も,電子書籍専用端末の値下げに相次いで踏み切った。ソニーの「Reader」,Barnes&Noble社の「nook」ともに,最も安いモデルの価格は149米ドルからとなっており,価格,機能面でタブレット端末とのすみ分けができてきている。

国内市場に大手続々参入

 一方,2004年にソニーやパナソニックが電子書籍専用端末を投入したものの,市場が立ち上がらなかった国内では,2010年になって大手企業による市場参入が相次いだ。2011年には早くも戦国時代を迎えそうだ。

 「本日,16時半より記者会見を開催します」。

 5月27日のお昼ごろ,あと数時間後に迫った発表会を緊急案内するメールが編集部に届いた。その発表会とは,ソニー,KDDI,凸版印刷,朝日新聞社の4社が共同で電子書籍の配信プラットフォームを構築・運営する新会社を作り,2010年内に国内でサービスを開始するという内容だった(関連記事)。ソニーにとっては国内市場への再挑戦となる。

 なぜ5月27日に急いで発表したのか。おそらく,翌28日にApple社がiPadの国内発売を控えているためだった。当時の「iPad一色」とも思える世間のムードを感じ,できるだけ存在感を示したいというソニーなどの思いがそうさせたのではないだろうか。
 ソニーは11月,電子書籍端末「Reader」を12月10日に発売すると発表した(関連記事)。5型の電子ペーパーを搭載した「Reader Pocket Edition」と,6型の電子ペーパーとタッチ・パネル機能を搭載した「Reader Touch Edition」の2機種を用意する。端末の販売に合わせ,専用の電子書店「Reader Store」を立ち上げ,2010年12月10日に配信サービスを開始する。サービス開始時には,2万冊以上の書籍が購入できるという。

 ソニーのライバルとなるシャープも12月10日に,同社が手掛けるメディア配信サービス用のタブレット端末「GALAPAGOS(ガラパゴス)」を発売すると発表した(関連記事)。5.5型と10.8型の液晶パネルを搭載する2機種を用意する。端末の発売に合わせ,専用の電子ストア「TSUTAYA GALAPAGOS」も同日にサービスを始める。新聞や雑誌,書籍など,約2万冊をラインアップする。

 さらに,大日本印刷(DNP)とNTTドコモ,DNPの子会社であるCHIグループは,紙と電子の両方の書籍を販売するハイブリッド型書店の運営に向けて,共同事業会社を設立すると発表した(関連記事)。社名は,「トゥ・ディファクト」。12月21日の設立を予定しており,資本金は9億8000万円。新会社はまず,2011年1月上旬からNTTドコモのスマートフォンなどに向けて電子書籍の販売を始める。サービス開始当初は,7機種(Xperia,GALAXY S,GALAXY Tab,LYNX 3D,REGZA Phone,Optimus chat,SH-07C)に対応するという。

 DNPは11月末,紙と電子書籍の両方を提供するハイブリッド型書店「honto」を開設した。新会社が提供するサービスは,hontoをベースにしたものになる。hontoの利用者に対しては今後,新会社のサービスへの移行を進めていくという。

 2011年にはこれらの企業による市場争奪戦が展開されるが,果たして米国のように市場が急速に立ち上がるのか。国内市場開拓の「2度目の挑戦」が始まる。