DMFC(ダイレクトメタノール型燃料電池)向けの電解質膜に使われるポリマーのこと。DMFCとはメタノールを直接セルに供給して反応させる燃料電池である。PEFC(高分子固体電解質型燃料電池)ではH2が酸化反応を起こしているのに対しDMFCではメタノールそのものが酸化反応を起こしている点で違いはあるが,水素イオン(H+)が電解質膜を通るメカニズムについてはPEFC(高分子固体電解質型燃料電池)と同じである。このため,DMFCの初期の研究では,PEFC向けのパーフルオロスルホン酸系ポリマー(イオン伝導体参照)を転用することが多かった。
メタノール・クロスオーバーを抑える新材料
しかしDMFCでは,燃料極に投入したメタノールが未反応のまま酸素極に到達してO2と反応してCO2とH2Oを生成する「メタノール・クロスオーバー」という現象が問題になる。。この際の反応はすべて熱エネルギーとなって発電には寄与せずロスとなって性能を下げてしまう。
メタノール・クロスオーバー現象は,メタノールの濃度を上げるほど,浸透圧と同じ原理で高濃度側から低濃度側にメタノールは流れるので顕著になる。このためメタノール濃度を下げる必要があるが,濃度を下げるとエネルギー密度が下がってしまう,というトレードオフを抱えている。
このトレードオフを解決する抜本的な方法がメタノール・クロスオーバーを起こさない新しい材料を採用することであり,そのための材料開発が活発化している。
膨潤を抑える材料設計
メタノール・クロスオーバーのメカニズムの解明が進んでいる。電解質膜が膨潤してイオンの通り道である「イオン・チャンネル」が広がって,メタノールが通過しやすくなることが分かってきた。このため開発中の材料としては,!)膨潤を抑えるために無機材料や延伸フィルムなどの弾性の低い材料とイオン伝導性を持つ固体電解質ポリマーを組み合わせるハイブリッド型,!)膨潤と導電性の両方の機能をnmレベルで構造制御して実現する単一材料型,の二つが代表である。
材料組成に遡ってトレードオフ解消を目指す
化学メーカーが,材料組成に遡ってDMFC用の電解質ポリマーの開発に取り組み始めた。課題は,メタノール・クロスオーバーを抑制したうえで,トレードオフの関係にあるイオン伝導性を上げることである。
そのために,メタノール・クロスオーバーの原因としてクローズアップされてきたイオンの通り道「イオン・チャンネル」を構造制御する手法が注目されている。特に,膨潤によってイオン・チャンネルが拡大してメタノール・クロスオーバーが顕著になることが分かってきたことから,膨潤を抑える手法の開発が進んできた。/p>
膨潤を抑える異種材料とハイブリッド化
例えば東亞合成は,ポリオレフィン系の多孔質基材にアクリル系電解質ポリマーを充填することによりメタノール・クロスオーバーを抑えたDMFC向け電解質膜「細孔フィリング電解質膜」を開発した。ポリオレフィン系基材には膨潤を抑える機械的強度を,アクリル系電解質ポリマーにはイオン伝導性を持たせる。
また,ノリタケカンパニーリミテドは,アルミナやジルコニアといった多孔質の無機材の孔中に固体電解質ポリマーを作りこむ手法を開発した。無機材料であるため膨潤を物理的に抑えることができる。この結果,メタノール・クロスオーバーを従来のフッ素系電解質ポリマーに比べ1/15~1/30に低減できるという。
単一材料中でメタノールクロスオーバーを低減
単一材料中でメタノール・クロスオーバーを抑える工夫を凝らす手法も開発されている。例えばクラレは,2006年1月24日に発表した,従来のフッ素系電解質ポリマーに比べてメタノール・クロスオーバーを40%減少できるDMF向け新炭化水素系電解質ポリマーを開発したと発表した。ポイントは,イオンチャンネルをnmレベルで構造制御して微細な導通ネットワークを形成し,イオン伝導性を高めたことだとしている。一方で,膨潤によるイオンチャンネルの拡大を抑えるために,分子骨格には何らかの剛直な分子を導入していると見られる。イオンチャンネルを小さく保つとメタノール・クロスオーバーは抑えられるもののイオン伝導性は通常は低下するが,前述のイオンチャネルの連続性を高める工夫により,イオン伝導性はフッ素系と同程度を維持した。
また東レは,モノマーの状態でスルホン酸を結合してから重合して高分化することによって,メタノール・クロスオーバーを防ぐ電解質ポリマーを開発した。従来のフッ素系電解質ポリマーでは,高分子化してからスルホン酸基を導入しているが,ポリマー内のスルホン酸基が偏在して自由水を多く含んだクラスターが生成してメタノール・クロスオーバーが顕著になる。このため,スルホン酸基をモノマー段階で結合することによってクラスター構造をなくしてメタノール・クロスオーバーを従来よりも1/10に低減できたとする。
ソニー,フラーレン系電解質ポリマーをDMFCに適用する
ユニークなのはソニーが開発した,フラーレン(C60)を利用した電解質ポリマーである。ソニーは2001年にフラーレンを電解質に使えることを発表していた(Tech-On!の関連記事)が,その際には水の存在なしにプロトンが伝導するというメカニズムであることをアピールしてDMFCは検討していなかった。その後,水の存在なしに本当にプロトンが伝導するのかどうか議論があったが,その決着はまだついていていないようである。この件については同社は「コメントできない」としている。
その一方でソニーは,DMFC向けにメタノール・クロスオーバーを低減したフラーレン系電解質ポリマーを開発していたのである。メカニズムについては明らかにしていないが,水の介在が必要なのは間違いないようだ。
分子構造としては,フラーレンの表面にプロトン(H+)伝導性を備える官能基を複数個(8個程度)放射状に結合させた「フラーレン誘導体」と,バインダとなる高分子膜を複合化することで,作製した(図)。ソニーはこの電解質ポリマーを使って,パッシブ型のDMFCセルを試作し,室温下で最大出力100mW/cm2という高い出力密度を得たと発表している。