大量の種結晶をぶらさげた枠。これをオートクレーブ内部につるす
大量の種結晶をぶらさげた枠。これをオートクレーブ内部につるす
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種水晶を拡大したところ。厚さは約1mmの短冊状になっている
種水晶を拡大したところ。厚さは約1mmの短冊状になっている
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結晶成長させるのに利用する天然水晶(ラスカ)。手前の袋に入っているのは,ガンマ線を照射して黒くなったラスカ。不純物の量に応じて,黒さが異なる
結晶成長させるのに利用する天然水晶(ラスカ)。手前の袋に入っているのは,ガンマ線を照射して黒くなったラスカ。不純物の量に応じて,黒さが異なる
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水中で強い光を照射し,不純物を見つける。単位体積あたりの不純物の個数に応じて人工水晶の品質が決まる
水中で強い光を照射し,不純物を見つける。単位体積あたりの不純物の個数に応じて人工水晶の品質が決まる
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この連載の趣旨と目次はこちら

 この連載の第1回でも紹介した通り,人工水晶は「種」と呼ぶ厚さわずか1mmの短冊状の水晶板の上に結晶を成長させて「太らせた」ものだ。種は,特別に製造した種向け人工水晶の塊を薄くスライスして作る。

 この種水晶に針金を通し,円筒状の圧力容器(オートクレーブ)の上部に大量につるす。さらにオートクレーブ内に原料となる「ラスカ」(連載第1回を参照)と水酸化ナトリウム水溶液を大量に入れる。この状態で密閉し,内部を約350℃,1500気圧の高温・高圧の雰囲気にする。そうすると,ラスカが水酸化ナトリウム水溶液に溶けてSiO2の飽和溶液となる。オートクレーブの上部は下部よりも少し温度を下げてあるので,下部の飽和溶液が上部に移動して冷えると過飽和になり,そこにある種水晶にSiO2がくっついて水晶が太っていくという仕組みだ。

 人工水晶の「釜揚げ」(オートクレーブから人工水晶を取り出すこと)は1カ月に約2回である。種の取り付けは,釜揚げがない時期の重要な作業の一つ。種を取り付けるに当たり,種の間隔をどれくらいにするかの判断が非常に難しいのだという。オートクレーブを密閉してから人工水晶を結晶させて取り出すまで3カ月,とても長い時間がかかるため,オートクレーブ内にはできるだけたくさんの種をつるして生産性を上げたいところ。ところが,その間隔を詰めすぎると,成長するにつれてほかの人工水晶とくっついてしまう。広すぎず,狭すぎず。その加減は経験がモノをいうようだ。

 なお,天然水晶では,先端が尖った六角錐の形状をしたものをよく見るのだが,人工水晶の場合には結晶の成長を途中で止めて取り出すため,六角錐の先端部をそぎ落とした形状になっている。

種の品質や温度管理,原料が品質を左右

 「人工水晶の出来は『種』次第。品質の90%は種が握っています」。こう語るのは,人工水晶を製造するエプソンアトミックス 水晶製造部 課長の柴田浩一氏だ。結晶後の人工結晶の品質は,種結晶の品質を超えることはないという。種の品質が低ければ,人工結晶の品質はそれよりもさらに下がることはあっても逆に良くなることはない。

 種以外に品質を左右するのは,オートクレーブ内部の溶液の対流を安定させることである。このためには緻密な温度管理が欠かせない。例えば,工場内の窓を開閉するなどして建屋内部の空気の流れがわずかでも変わるとオートクレーブの温度が影響を受け,それに応じて中の対流状態が変化してしまう。内部の温度が1℃下がっただけでも圧力はぐんと下がり,対流が起こりにくくなる。つまり結晶成長の速度が大幅に鈍ってしまうというわけだ。

 しかも,あるオートクレーブで良質な人工水晶を得たときの温度条件,圧力条件を別のオートクレーブで再現したとしても,同じものはできないという難しさがある。オートクレーブにはそれぞれ「くせ」があって,その違いも把握した上で温度設定する必要があるのだ。こうした微妙な温度調整は,2000年の工場の稼動開始以来,5年間をかけてやっと分かってきたという。ただ,どうしようもないアクシデントもある。地震だ。地震が起こると対流が乱れる。

 原料となるラスカ(天然水晶)の状態も品質を左右する。この天然水晶は不純物だらけなのだが,その中から比較的不純物の少ないものを選んで購入する。判断方法は簡単だ。サンプル品にガンマ線を照射するのである。不純物の多くはAl(アルミニウム)なので,ガンマ線に反応して真っ黒に変化するのですぐ分かる。加えて,原料の量にも配慮が必要だ。オートクレーブ内の原料のラスカが溶けてなくなると,せっかく結晶化した人工水晶が溶け始めてしまう。こうなると作業は失敗だ。

 エプソンアトミックスの場合,人工水晶の歩留まりは95%~96%と非常に高いという。1回の釜揚げで約1300本の結晶を得るが,このうち不良品は60本程度に抑えられている計算だ。

 不良品を除いた人工水晶は,専用の検査装置を用いてJISが定める品質基準に従って分類する。これは,水中で人工水晶に強い光を当てて,人間の目で認識できる異物の数によって区別するというものだ。

 ちなみに柴田氏は,オートクレーブから人工水晶を取り出した時点で,品質がおおむね分かるという。まず注目するのは形。表面の粗さをみると中の品質が大体分かるのだという。さらに,あまり品質のよくない結晶は,種がよく見えてしまう。種に結晶を成長させる場合,当初の厚さが1mmだった種がいったん0.7mmまで薄くなり,その後で次第に原料が結晶化していくのだが,最初に何らかの理由でうまく溶け出さないことがあるのだ。

 次はいよいよ人工水晶の釜揚げをみてみる。

<次回に続く>

    連載の目次
  1. 目次:人工水晶の「釜揚げ」を見る
  2. 世界の大手携帯電話機メーカーが八戸詣で
  3. 高品質の人工水晶は,高品質の「種」から生まれる
  4. あたかもシャンデリア,室温40℃の中の「釜揚げ」