天然水晶は高温・高圧の地球内部で長い年月をかけて結晶する。この地球内部環境を人工的に作り出し,わずか数カ月という短期間で成長させるのが人工水晶である。
高温・高圧の環境を作るのは,「オートクレーブ」と呼ぶ,巨大な円筒状の圧力容器である。オートクレーブは生産現場では「釜」とも呼ばれており,釜から人工水晶を取り出す作業を「釜揚げ」という。
世界最大級を8本
エプソンアトミックスの八戸工場には,高さ14m,内径650mm,質量100トンという「世界最大級」(同社)のオートクレーブが8本設置されている。1本のオートクレーブでは,一度に約1300本の人工水晶(1本が約2kgの人工水晶の場合)を製造できる。生産量は,1年間に3万本,質量で60トンに上る。
オートクレーブの上部は取り外せる構造になっており,下部に「ラスカ」と呼ぶ,水晶の原石を入れる。原石は,主にブラジル,マダガスカルから輸入している。これらの国では,原石は無尽蔵にあるといい,その中から比較的不純物が少ないものを選別する。
このオートクレーブを外側に巻きつけたヒーターで加熱することにより,内部の温度を約350℃,圧力は1500気圧にもなる。内部には水酸化ナトリウム水溶液を入れておく。この状態を3カ月ほど維持し,オートクレーブ内部につるした「種」に結晶を成長させるという仕組みである。1日当たりの成長速度は約5mm。毎日毎日,少しずつ成長していく。
陸上輸送は「無理」
オートクレーブを製造しているのは,実は戦車の砲身などのメーカーとしても知られる日本製鋼所だけだという。砲身は,円筒状の鋼材の中心をくり抜いて製造する「一体成形品」である。砲弾を飛ばす火薬の爆発圧にもびくともしないようにするには,特殊な一体成形法が必要で,溶接などは使えない。高温・高圧に耐えねばならないオートクレーブも,同じ理由から巨大な鋼塊をくり抜いて,強度が均一な容器に仕上げる必要がある。国内人工水晶メーカーの競争力の源泉の一つが,日本製鋼所が製造する大型オートクレーブにあることは間違いないだろう。
このオートクレーブはとても重いので,陸上搬送が難しい。前述のように分割輸送もできないので,もし運ぼうとすれば,搬送路にある橋梁などをこの重さに耐えられるように整備し直す必要がある。これは事実上不可能なので,水晶工場の立地は海上搬送に便利な臨海部に限定されている。エプソン・グループの工場が八戸と宮崎にあるのはこのためだ。
八戸工場は八戸市の中でも海の近くにあり,空港からのアクセスがいいとは言えないが,世界中から水晶デバイスのユーザー企業,例えば大手の携帯電話機メーカーの技術者などが足しげく通ってくるという。水晶発振器などの大もとになる結晶が,どのように製造されているか,そしてどのように品質管理されているか自ら確認するためである。