前回に続き,製品アーキテクチャに関する議論を深めたい。今回のテーマは,典型的な「擦り合わせ(インテグラル)型」といわれる乗用車のアーキテクチャが,今後「組み合わせ(モジュラー)型」になるのか---である。似たような言葉だが「モジュール化」の動きに注目して,「モジュール化」が「モジュラー化」を推し進めるのかどうかを見ていきたい。

 紛らわしい言葉なので整理しておきたい。「モジュラー化」は,製品がモジュラーなものなることである。モジュラーな製品とは,機能と部品が1対1に対応してすっきりと分かれているものを指す。デスクトップ・パソコンのような製品が典型だ。これに対して「モジュール化」とは,個別の部品が統合されてより大きな単位になることを指す。分かりやすくするために「統合モジュール」と呼ばれることもある。自動車の場合,インスツルメントパネルやメータ,空調部品を統合化したコックピット・モジュール,ラジエータ,ランプ,バンパ補強材などを統合化したフロントエンド・モジュールが代表的なものである。

 筆者が,日経ものづくりの前身である日経メカニカルの編集記者時代,もっとも力を入れて取材した対象の一つが「クルマのモジュール化」であった。

「部品メーカーの業容拡大のチャンス」

 クルマのモジュール化を取材対象として強く意識したのは,1998年の秋にドイツのデュッセルドルフで開かれたプラスチック関連展示会「K」を取材した際だった。モジュールの構造体として,樹脂とその加工法を提案する展示が多いのにまず驚いた。

 樹脂は形状自由度が高い。取り付け部を一体成形でき,部品点数の削減が可能だ。このために構造体向けの材料として有力視されていたが,強度の面では難がある。そこで,樹脂そのものの工夫のほか,強化繊維の工夫,金属部品とのハイブリッドなど,さまざまな提案が発表されていた。それに増して印象的だったのが,ドイツVolkswagen社「パサート」のフロントエンド・モジュールの展示の脇で,担当者が「このモジュールを製造しているのはランプ・メーカーだ。ランプ・メーカーが業容を拡大するチャンスだ。今モジュールに手をつけないと部品メーカーは後悔することになる」と言ったことだった。

 帰国後,編集部でクルマのモジュール化について日本にも影響があるのかどうか議論した。同僚の鶴原記者(現日経Automotive Technology誌編集長)は欧州のコンパクトカーの動向を追っており(日経メカニカル1998年6月号特集「欧州発・コンパクトカー戦争---コストと安全性で競合激化」),コストダウンの手法として「モジュール化」が欧州で盛り上がっていることに注目しており,日本が学ぶものが多いはずだという意見だった。私自身もひょっとしたらモジュールが「黒船」のような存在になるかもしれないと考え,国内(日経メカニカル1999年1月号「『モジュール』がクルマを変える---生き残り賭ける部品メーカー」),海外(2000年7月号「クルマのモジュール化---欧米現地報告」)と取材に走り回った。

 一方で「モジュール化」をテーマにしたセミナーも企画した。1999年6月23日と24日の2日間にわたって日経ホールで開いた「モジュール化でクルマが変わる---日米自動車業界モジュール最前線」では,600人入る日経ホールがほぼ満席となるほど,注目度は高かった。その後,パート2(1999年12月8日),パート3(2000年9月22日),パート4(2002年7月25日)と続けたが,セミナーの参加者は,最初の爆発的な状況から順を追うごとに徐々に減り落ち着いていった。それは,国内の技術者の方々が欧米発の新しい動きに最初は驚いたものの,次第に自分のものとして吸収し「日本化」していったからだと考えている。

 クルマのモジュール化は歴史的に見ると,1980年代に欧州で「軽労化」の要請から始まった。自動車のアセンブリラインで各部品を個別に組み付ける際,以前の欧州メーカーでは特に車体の下回りの部品を取り付ける際に見上げるような姿勢の作業をしていた。これが作業者に重い負荷となり,結果として品質が安定しない状況にあった。これを改善するために考案された手法がモジュール化である。

 現場の作業改善では高いレベルにあった日本の自動車業界は,当初この動きを静観していた。しかし一気に関心が高まったのは,1990年代に入ってコストダウンの方策の一つとして注目されたことだった。欧州メーカーが,部品メーカーへのアウトソーシングとモジュールを結びつけた戦略を採り始めたのだ。その先端事例として衝撃を与えたのが,当時のMCC社(現smart社)の「スマート」である。フランスに新建設した工場では,アセンブリラインに部品メーカー7社のモジュール生産ラインが隣接していて,そこから集めたモジュールを組み付けるだけで実にクルマの70%が完成する,というものだ。

「モジュラー化」目指した米国

 欧州発のモジュール化の動きは米国に伝わり,そこで米国流に理論化され,体系化が進んだようだ。米国の自動車部品メーカーを取材に行くと,モジュール化の究極の姿は「コモンアーキテクチャ」だという方が多かった。具体的には,次のように説明された。コモンアーキテクチャとは,モジュール進化の最終形であり,次のような過程をたどるというのだ。

(1)単品部品を組み付ける従来の手法
       ↓
(2)部品点数や構成はそのままにモジュール化してサブラインで組み立てるようになる。サブラインの作業はメインラインの進捗に同期させる
       ↓
(3)機能統合により部品を統合・一体化して部品点数を減らす
       ↓
(4)内部の構造部品をすべて共通化し,外側だけ変える「コモンアーキテクチャ」にする

 つまり米国の部品メーカーは,顧客である自動車メーカーにはカスタム部品として供給するが,内部構造はできる限り共通化してコストダウンを達成する手段としてモジュール化をとらえたのである。これは,乗用車に比べればモジュラー化が比較的進んでおり米国メーカーが得意とするトラックの作り方に近いと言えるかもしれない。こうしたコストダウンが可能なことを武器に,米国の部品メーカーは,開発・設計段階から一括して自動車メーカーからアウトソーシングされることを望んだ。カスタム部品としての精度の高さよりも,コモンアーキテクチャによるコストダウン効果を重視していたようだった。

「インテグラル」の枠内で考えた日本

 これに対し,日本の自動車業界は,外資の入っているメーカーはモジュール化に比較的前向きという違いはあるものの,概してもともと外注比率も高いこともあってアウトソーシングを伴うモジュール化には興味を示さなかった。それより上記(3)の,統合化による部品点数の削減効果によるコストダウンに注目した。

 この動きは,VE(バリューエンジニアリング)活動の一環と言えるだろう。日本の完成車メーカーや部品メーカーはそれ以前からVE活動を展開していて,部品の共通化や一体化には積極的に取り組んできた。共通部品をうまく使いながら,個別の顧客に対してはスペック通りの特注部品として提供することも得意だった。すなわち,モジュール化の流れは単に,取り扱う単位が大きくなることによる部品の統合効果が増えたものという位置付けである。日本メーカーは,あくまで得意な「インテグラル型」の枠の中でモジュール化を進めたと考えられる。

 こと乗用車に関しては,日米どちらの戦略が正しかったかはその後の業績の数字が雄弁に物語っているだろう。インテグラルな考え方で製造した部品を自動車メーカーが好んで使い,それを使ったクルマに消費者が価値を見出した,ということである。

 なぜ乗用車のユーザーは,インテグラルなアーキテクチャの製品を好むのだろうか。それは,トラックなどの商用車が物を輸送するというはっきりした目的があるのに対して,特に目的がない嗜好品としての要素が多いだからだと考えられる。乗用車に求めるものは,乗っていて楽しい,見た目がワクワクする,といった漠然とした感覚的なものが重要な部分を占める。そうした,感覚的でとらえどころのない機能を実現するには,複数の部品なりモジュールを複雑に調整して表現するしかない,ということではないだろうか。一つの機能を一つの部品で実現するモジュラー型のアーキテクチャでは難しそうだ。

新素材で感性的な要求に応える

 ここで,ナノテク・新素材サイトのコラムらしく材料の話に結びつけると,そうした感性的な要求に応える手段として有効なのが新素材を採用したモジュールの使いこなしである。そうした面では欧州メーカーに学ぶものは多いようだ。

 例えば,ドイツOpel社が2005年7月に発売した,新型のミニバン「Zafira」(Tech-On!の関連記事)。このクルマは収納スペース付きで,サンルーフ部が4つに分かれるパノラマルーフ(図1,2)をオプションで付けたことを特徴にしている。

 プラスチック材料メーカーの米General Electric Co. Plastics部門(以下,GEP)のニュース・リリースによると,このパノラマルーフはモジュールとして,ドイツWebasto AGが製造している。ガラスをポリウレタン製の基材で挟み,ポリカーボネート製のフィルムをラミネートした構造である。このフィルムは顔料を染み込ませた着色層を持った多層構造であり,塗装レスなことから揮発性有機化合物(VOC)を必要としないという特徴がある。加えて重要なのは,ガラスと一体感のある光沢を持たせたことだという。少なくとも既存の鋼板ルーフにはないデザインを実現した。こうしたルーフを感覚的に好むユーザーもいるだろう。

 モジュール化することによって,より大きな単位で材料を工夫でき,面白い味付けがしやすくなる,という面もあるに違いない。新素材を使いこなしたモジュールで競争力を上げる手法が今後,ますます重要性を増すことになるだろう。

【図1】収納つきのパノラマルーフを内部から見たところ
【図1】収納つきのパノラマルーフを内部から見たところ
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【図2】新型「Zafira」上からのビュー
【図2】新型「Zafira」上からのビュー
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