前回のコラムでは,製品アーキテクチャ論を材料分野に適用して考えてみた。そこで述べたのは次のような内容だった。まず,材料は2種に分けられること。エチレンセンターや汎用樹脂など設備の規模や操業度が重要な汎用材料と,客先と共同開発してカスタム品として提供する機能材料の2種である。日本は後者に強みを持っている。しかし,ずっとカスタム品一辺倒だけでは競争力を高められないので,途中でカスタム品から標準品に変えて量を稼ぎ,コスト競争力を高める戦略が重視されていると述べた。

 ここで重要なのは,カスタム品から標準品に切り替えるタイミングを逃さないことである。そこで本稿では,製品アーキテクチャが変化する状況を考えてみたい。扱っていた製品が「擦り合わせ(インテグラル)型」だと思っていたところ,いつの間にか「組み合わせ(モジュラー)型」に変わっていて,その対応に遅れてしまった---というのが日本の典型的な負けパターンだと言われているからである。

 製品アーキテクチャの変化をテーマに原稿を書き始めようと思っていたところ,当社出版局にいる知人から新刊書が送られてきた。「ご紹介いただけたら幸いです。藤本・高橋両先生の語りっぷりは中々のものです」というメモ入りで。「170のkeywordによるものづくり経営講義」(日経BP社,詳細はここに)という本である。大学の講義形式で170種のキーワードについて解説している。学生からの質問に答える形のコーナーもあり,授業の臨場感が味わえて面白い。

 パラパラとページをめくっていくと,今回のテーマに関係する「第五講 アーキテクチャ」に目がとまった。その中で「モジュラー化」について以下のように定義している。


 「モジュラー化」とは,製品アーキテクチャがインテグラル型からモジュラー型に変化すること。ただし現実には,完全にモジュラーな製品も,完全にインテグラルな製品も存在しないので,「インテグラル型」~「モジュラー型」のスペクトルにおいて,その製品システムがよりモジュラーなシステムになることをモジュラー化と呼ぶことになる。逆はインテグラル化であるが,こちらは観測されることが少ないために,製品アーキテクチャが変化する時,モジュラー化を順シフト,インテグラル化を逆シフトと呼ぶこともある。

 アーキテクチャの変化については,まだ議論中かと思っていたら,既に大学ではこのようにキーワードとして講義されていることに驚くとともに感心した。こうした教育を受けた人材が今後,アーキテクチャの変化をより正確に把握して,競争力を上げる方向にもっていってもらいたいものだ。

 この本にもあるが,アーキテクチャが激変した例としてよく知られているのがコンピュータである。大型汎用コンピュータはCPU,OS,アプリケーション,周辺装置のすべてを1社が垂直統合的に内製する典型的なインテグラル型の製品だったが,パソコンの登場で一気にモジュール化した。そのきっかけは,米IBM社がパソコンを開発するにあたり,マイクロプロセサを米Intel Corp.製に,OSを米Microsoft Corp.に外注したことだった。Intel社とMicrosoft社はインタフェース情報を公開して部品,ソフトウエアが一気に標準化し,それによりモジュラー化が加速した。モジュラー製品では,ブランディングやビジネスモデル作りが重要であり,日本の製造業はそうした戦略に不得意であったためにパソコン分野で惨敗した,と言われている。

 問題は,パソコンが契機となって半導体やデジタル家電にまでモジュラー化の波が押し寄せているのかどうか,という点である。半導体の中では,DRAMがモジュラー化し,日本はここでも競争力を低下させた。DRAMの場合,プロセス技術そのものはインテグラル型で開発されたものだが,装置にそのノウハウが埋め込まれたために一気にモジュール化が進んだ,と言われている。DRAMは優秀な装置を組み合わせれば生産できるため,競争力の源泉は設備投資の時期と規模の経営判断ということになり,経営戦略に優れる韓国Samsung Electronics Co., Ltd.などにトップの座を譲ってしまった。

 どんどんモジュラー化が進むならば「モジュラー製品はどうも苦手で…」などとは言っていられない。気づいたら作れる製品がなかった,ということになりかねない。そうしたことから,日本の製造業も「インテグラル型のアプローチに加えて,モジュラー型のアプローチの両方を戦略オプションとして持つべきだ」という意見があり,それはそれで説得力がある(例えば,池田信夫氏「アーキテクチャは戦略に従う」,日経ビズテックno.4,2004年12月20日,p.52)。

新素材がアーキテクチャを変える

 その一方で,日本が比較的得意なインテグラル化の波を起こせないのか,とも思う。実際,半導体の世界では,インテグラル化の動きが一部にある。例えば,モジュラー型アプローチの典型例であるファウンドリとファブレスの組み合わせである。このやり方は現在も強大な勢力を誇るが,最近,せっかく開発したLSIが動かなかったというケースがあると聞く。微細化が進展し,技術が難しくなっているため,設計と製造の情報共有や擦り合わせが重要になっているのだ。このため,再び設計と製造を垂直統合して擦り合わせで作るアプローチが競争力を持ち始めた。そうしたインテグラル色の強い部分を探して競争力を高めることも重要である。

 それでは,さらに抜本的にインテグラル化を推し進めるにはどうしたらいいか。少々我田引水だが,そのカギは新素材が握っているのではないかと思う。

 例えば,有機材料を使った有機TFTや有機ELの研究開発が近年活発化している。フレキシブルなディスプレイが可能になり,新しいアプリケーションを拓くものとして注目されているが,もう一つ重要なのがデバイスの生産体系に大きな影響を与えることである。例えば,千葉大学工学部電子機械工学科教授の工藤一浩氏は日経マイクロデバイス2005年8月号特集「設計・製造イノベーション」への寄稿で次のように述べている。


 現在主役のSi LSIでは,設備投資の大きいクリーンな半導体工場で大量生産することで1チップ当たりの製造コストを下げている。これに対して有機素子では,小規模の印刷工場で,必要な性能に合わせて必要な数だけカスタム製造ができるようになる。従って,1週間ごとに内容が変わる週刊誌のように刻々と変化する社会のニーズに対応しやすくなる。

 この有機素子は,製品アーキテクチャの観点から言うと明らかにインテグラル型で,日本の製造業の得意とするところである。このように,新素材を開発することで能動的に得意なアーキテクチャに変える,というアプローチも日本の製造業が目指す一つの方向だろう。次回は,インテグラルの牙城と言われ,好況に沸く自動車産業について,製品アーキテクチャの観点から考えてみたい。