用語解説

 エレクトロルミネッセンスは,材料の発光現象の一種である。一般に材料の発光現象は,高温の物質が光を放射する現象とルミネッセンスに大別できる。このうちルミネッセンスとは,材料が過剰なエネルギーを光として放出して安定な状態に戻る現象を言う。過剰なエネルギーの与え方には,光,化学,熱,電気とあり,エレクトロルミネッセンスは電気的エネルギーを与えることによって発光する現象である。

 そして,エレクトロルミネッセンスを起こす材料が有機材料であるデバイスを「有機EL」と呼ぶ。発光有機層を2つの電極で挟んだ構造が有機ELデバイスの基本構造だ。この構造は,発光ダイオード(LED)に類似しているため,OLED(organic light emitting diode)とも呼ばれる。発光有機層の光を外に取り出せるようにするために,電極の片方はITO(indium tin oxide,スズをドープした酸化インジウム)などの透明電極が使われている。

 この2つの電極から注入された正孔と電子が移動(輸送)し,互いに出会って再結合し,有機材料中にエネルギーが与えられ,ルミネッセンスが生じる。つまり有機ELは電流注入型のデバイスである。これに対して,無機ELは交流電圧印加型のデバイスである。

 ルミネッセンスは,厳密には蛍光とりん光に分類できる。現象的には励起を止めた後に直ちに発光も止まるものを蛍光,励起を止めた後にも残光が見られるものがりん光と定義される。最近ではより正確に,蛍光は一重項励起状態から基底状態への遷移に伴う発光,りん光は一重項以外の励起状態(三重項など)から基底状態への遷移に伴う発光と定義されている。りん光は原理的には,すべての励起状態を利用することが可能であり,最高100%の内部量子効率も理論的には可能である。

低分子は蒸着,高分子は印刷で作る

 有機ELディスプレイに使われている有機材料は,低分子と高分子に大別できる。最初に発光の原理が発見されたのは低分子のものだが,最近では高分子材料の開発も活発になっていて,特性面でも近づいてきた。両材料は,発光原理には変わりはないが,製法が違う。

 低分子材料は,真空蒸着法で製造されている。蒸着温度は分子が気体になるような高温にする必要があるが,有機分子が分解するほど高温にはできないので温度管理が難しい。蒸着の際に,ガラス基板と金属マスクとの間で生じる熱膨張率の違いから,大型サイズになるほど成膜ムラが生じやすく,大型化が難しいと言われている。

 一方,高分子は液体に溶かすことができるので,ロール・ツー・ロール法(ロール状に巻いた基板に回路パターンを印刷し,やはりロールに巻いた封止膜などと張り合わせてから,再びロールに巻き取る生産性の高い回路基板の製造法)やインクジェット法などが適用できる。製造コストも比較的低い。低温で製膜できるためにプラスチック・フィルム上に製膜でき,フレキシブルなディスプレイが可能になる。

 ディスプレイの駆動方式としては,パッシブ型とアクティブ型に大別できる。パッシブ型は陰極と陽極を単純に交差させ,その交差部に有機EL素子を配置し,外付け駆動ICにより瞬間的に電流を流して発光させる。一方アクティブ型は,有機EL素子1つひとつに対してTFT(薄膜トランジスタ)を配し,このTFTにより画素に流す電流量を制御しながら発光させる。このため,瞬間的な最大輝度を小さくでき,これにより素子の寿命も長くなり,省電力化が容易という特徴がある。

 有機ELディスプレイの特徴は,薄膜構造と自発光の2点から,CRTのように視野角が広く,コントラストが高く,バックライトが不要であることから,薄型・軽量・低消費電力を実現できる,というディスプレイとしては理想的な特徴を持つ。

 カラー化の方法は,(1)3色の有機EL材料を各々独立発光させる「3色独立発光方式」,(2)青色発光を蛍光変換膜でG(グリーン),R(レッド)に変換する「色変換方式」,(3)ELの白色発光をカラー・フィルタで分光しRGB表現をする「カラー・フィルタ方式」——の3種がある。各方式ごとにRGBおよび白色の発光材料の開発が進んでいる。課題は,長寿命化と高効率化である。

供給・開発状況
2005/10/21

米コダックが初の有機ELデバイス

 最初に有機ELディスプレイ・デバイスが開発されたのは1987年のこと。米コダック社のC.W.Tang,S. VanSlykeらによって,低分子の有機ELデバイスが試作された。

 この世界最初の有機ELの構造は,正孔・電子の注入,輸送,再結合のそれぞれの機能を2つの有機層に分担させた積層構造であった。陽極から正孔を受け取り輸送する「正孔輸送層」にトリフェニルアミンを連結基でつないだ2量体を用い,陰極から電子を受け取り輸送すると共に再結合(発光)を行う「電子輸送・発光層」に8-ヒドロキシキノリンのアルミニウム錯体が使われた。発生した光はITO電極(陽極)を通過して,外部に出る。従来よりも低い電気エネルギーで大幅な輝度向上を達成し,これを機に各社で一斉に有機ELの研究が始まった。

高分子型の有機ELの開発が盛ん

 材料面では,低分子に続いて,低コストな塗布法で製造できる高分子型の研究が活発化している。1990年には英国ケンブリッジ大学の研究チームがポリフェニレンビニレンを使った有機ELディスプレイを試作した。同チームはCambridge Display Technology (CDT)という企業を設立し,実用化に向けた検討を進めている。

 材料面では,低分子に続いて,低コストな塗布法で製造できる高分子型の研究が活発化している。1990年には英国ケンブリッジ大学の研究チームがポリフェニレンビニレンを使った有機ELディスプレイを試作した。同チームはCambridge Display Technology (CDT)という企業を設立し,実用化に向けた検討を進めている。

 日本の化学メーカーも研究をスタートさせている。住友化学は,フェニレンビニレン系,アリーレン系を中心に高分子有機EL材料を開発してきた。さらに,米Dow Chemical社から高分子有機EL材料「Lumation」のビジネスを買収し,フルオレン系材料を品ぞろえに加えることで,事業を強化した。さらにCDT社と高分子有機EL材料の開発および販売を行う合弁会社を設立する覚書を締結している。

りん光材料の開発が活発化

 材料開発では,これまでの蛍光に対して,より量子効率を高めることのできるりん光を出す材料の探索が活発化している。例えば,三洋電機と大阪大学の平尾研究室は,色純度が高い赤色の光を発光するりん光材料を共同開発した。「ジフェニルキノキサリン-イリジウム化合物(diphenylquinoxaline - Iridium compound)」と呼ぶIr錯体の一種で,「究極の赤色材料といえる」と自信を持つ。

 蛍光とりん光の両者を組み合わせた検討もある。例えば豊田自動織機は,蛍光材料とりん光材料を組み合わせることによって,従来の蛍光材料のみの場合に比べて電流効率を1.5倍に高めた白色有機EL光源を開発,「Society for Information Display 2005(SID 2005)」の展示会で試作品を発表した。

 このほか現在,長足の進歩を遂げているのが数ある有機ELの開発課題の中でも長寿命化である。青や緑では,10万時間を超える材料の発表が相次いでいる。

Samsung,40インチ型の有機ELパネルを試作

 こうした材料の進歩を受けて,有機ELディスプレイ・パネルの試作競争も激化し始めた。先行しているのは韓国Samsung Electronics社で,SID2005では現時点で最も大型の40インチ型有機ELパネルを初めて披露した(図1)。2005年10月に開催された「FPD International 2005」でも展示された。アモルファスSi基板を使い,有機EL材料としては低分子材料を使用した。40インチ型級の大型有機ELパネルの量産化の目標時期については「2008年ころ」という。

 ただしSamsung Electronics社は,有機ELの本命は印刷やインクジェット法が可能な高分子型だと見ている。高分子材料を印刷できる40インチ型対応の印刷機がまだないので,今回は蒸着装置で成膜できる低分子材料を使ったとする。高分子型の有機EL材料を用いたパネルとしては,14.1インチ型と3.78インチ型の有機ELパネルを初披露した。今後は40インチ型のような大型サイズも印刷技術で実現して,低コスト化したい考えだ。

 「FPD International 2005」では,長寿命化,高輝度化,低消費電力化,大型化の4つを同時に実現したコダックの新パネルも注目を集めた(図2)。寿命は従来の数千時間から1万時間へ,輝度は120cd/m2から200cd/m2へ,消費電力は400mWから350mWへ,画面サイズは2.2型から2.5型へ,それぞれ改善している。性能向上のポイントの1つは材料で,「自社も含めて材料メーカー各社の製品を公平に比較し,優れたものを採用した」という。


 

 

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