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 「内視鏡」といっても,エンジンや配管の内部を検査する「工業用内視鏡」ではない。今回から数回にわたって紹介するのは「医用内視鏡」,中でも近年になって登場し,注目を集めている「カプセル内視鏡」についてだ。

 まず,医用内視鏡について簡単に紹介する。医用内視鏡は,大きく2種類に分けられる。硬い筒状をした「硬性鏡」と,自在に曲がる管状の「軟性鏡」である。

 硬性鏡は主に外科手術の際に活躍している。最近,ソフトバンクの王貞治監督が受けて話題になった「腹腔鏡下手術」がその代表格だ。腹腔鏡下手術では,おなかに複数の小さな穴を開けて,そこから硬性鏡や専用の手術器具を入れ,おなかの中を観察しながら手術を行う。

 一方の軟性鏡で最も有名なのは「胃カメラ」だろう。検査を受けたことがある人もいるだろうが,口や鼻から長く黒いチューブを入れて,食道や胃など,消化管の内面を観察する。消化管の病気を正確に診断する際に活躍している。

 胃カメラの開発は,なんと1950年までさかのぼることができる。当時は,いわば先端に銀塩フィルム式の超小型カメラが付いた構造で,ここか,と思われる場所で写真を撮り,後で現像して診断を行っていた。今から考えれば,効率の悪い検査方法だが,当時としては開腹せずに体の内部を覗けること自体,画期的なことだった。

 その後,軟性鏡はエレクトロニクス技術などによってかなりの進歩を遂げた。チューブにグラスファイバーを用いることでリアルタイムでの観察が可能になり,さらに数mm角のCCD素子を採用することで,モニター画面を通した明るい視野で観察が可能になった。しかし,基本的な構造は半世紀以上にわたって同じままだった。

 ところが近年,従来の内視鏡の常識を覆す内視鏡が現れた。その名は「カプセル内視鏡」(写真1)。文字通り,カプセル型の小さな内視鏡で,医師が操作することなく,患者が内視鏡を錠剤のように口から飲み込むだけで検査が済む。正に“ミクロの決死圏”顔負けの世界が現実のものになろうとしているのだ。

直径11mm,長さ26mm

 カプセル内視鏡のルーツは,意外なところにある。軍事技術,それもミサイル先端に付けるカメラの開発である。

 ミサイルを目標に誘導する方法にはいくつかあるが,ミサイル先端に小型カメラを取り付けて電波で映像を飛ばして,目標とする建物などに向けて誘導するという方法は以前から実用化されている。1991年の湾岸戦争などで実際に目標に迫っていく映像が公開されたときは,その生々しさに度肝を抜かれた人も多いはずだ。

 こうしたカメラの開発に携わっていたイスラエル国防省の軍事技術研究機関の技術者が,米国のボストンに休暇で訪れた。そのとき,消化器が専門のある内科医と会ったことで事態は大きく動き出す。ごく小さな画像センサを搭載する小さな“ミサイル”型のカメラを作れば,それを飲み込んで体内を観察できるのではないか――。つまり「飲むミサイル」という発想から,医療分野への応用が始まったわけだ。

 その後,この技術者らのチームはカプセル内視鏡の開発に専念し始める。動物実験を重ねた上で,1997年には米国で特許を取得。研究成果を民間企業に委譲して事業化を進めるため,1998年にカプセル内視鏡の開発,生産,販売を行うギブンイメージング社が設立された。2000年には動物実験の結果が「Nature」に掲載され,2001年には欧州諸国や米国で相次いで承認を得て,販売が始まった。

 ではこのカプセル内視鏡,一体どのような構造になっているのだろうか。ギブンイメージング社の製品「PillCam SB」を例に分析してみる。

 本体の大きさは直径11mmで,長さは26mmである(写真2)。重さは4g以下だ。先端には半球形の透明カバーがあり,その奥に,レンズや照明用のLED(発光ダイオード),CMOSセンサ,電池,信号処理用ASIC,送信回路などが内蔵されている。

 この本体を飲み込むと,消化管内を蠕動(ぜんどう)運動に乗って進む。そして自動的に1秒あたり2枚のペースで静止画を撮影していく。その静止画データは外部に電波で送信する。それを被験者の腹部の8カ所に貼ったアンテナでとらえ,デジタル・データに復元した後で腰に付けた記録装置に保存する。体内にとどまる時間が8時間の場合,5万7600枚もの静止画を撮影することになる。記録装置などはすべて電池で動作し,小型に作ってあるので,被験者は激しくなければ検査中も動き回ることができる。

 検査終了後,記録装置内のデータを専用ワークステーションに転送し,静止画を動画に変換,医師が画面上で「読影」を行う(写真3)。通常の内視鏡なら,検査中に異常な所見が見つかった場合,チューブを通して専用の器具を入れ,組織を採取して詳しく検査したり,病変部を焼いたり切除するといった治療が可能だが,現在のカプセル内視鏡は診断目的に特化している。カプセル内視鏡本体は,最後に便中に排出される。本体は使い捨てである。

痛くない,苦しくない

 ここで,海外で医用内視鏡が置かれている現状に触れておこう。日本人は,諸外国に比べて消化器の病気,中でも胃がんが多く,バリウムを使ったX線造影検査が健診などで広く実施されている。精密検査となれば,胃カメラの出番だ。

 これに対し,欧米で胃がんで死亡する人は比較的少ない。がんと言えば,胃がんよりも大腸がん,乳がん,子宮がん,肺がんなどの方が一般的だ。よって,消化器の精密検査としては,口から入れる胃の内視鏡検査よりも,肛門から入れる大腸内視鏡検査の方が多く実施されている。

 しかし,大腸内視鏡検査は,日本でも専門医の数が少なく,挿入も胃の内視鏡に比べて難しいことが指摘されている。これは,口から胃までがほぼ直線構造であるのに対し,大腸は脾臓近くと肝臓近くの2カ所のみで腸間膜に固定された,いわば自由度の高い構造であるためだ。しかも,直腸からすぐ,人によって曲線の形が異なるS状結腸になる。内視鏡の挿入初心者の医師は,S状結腸を越えるだけでも一苦労だ。

 欧米でも挿入が難しいとの認識は同じで,被験者の苦痛が大きいため,検査を受ける必要があるにもかかわらず,検査に来ない人も少なくない。これが,簡便性を売り物にしたカプセル内視鏡普及のポイントとなった。従来の内視鏡と競争するというより,診断と治療の両方を担ってきた内視鏡を,診断のみに特化した負担の少ない内視鏡と,診断のついた病気を治療する従来型の内視鏡に分ける動きといえよう。

 ギブンイメージング社によれば,カプセル内視鏡の販売数は米国で毎年2ケタ台の成長を達成するなど着実に増加しており,今年5月末時点で累計35万個が売れているという。なお,米国では1個450米ドルで販売されている。基本的な価格は各国共通だが,病院で別途かかる手技料などが異なるため,検査全体の費用は国によってまちまちだ。

 次回は,日本国内の現状について紹介する。

    連載の目次
  1. 【連載・目次】カプセル内視鏡,知られざる開発競争
  2. 【第1回・登場の経緯】カプセル内視鏡,軍事技術との意外なつながり
  3. 【第2回・日本の現状】国内でもカプセル内視鏡の利用開始は目前?
  4. 【第3回・最新の動向】各臓器専用のカプセル内視鏡の開発へ