承前

イノベーション・ダイヤグラム

図3 イノベーション・ダイヤグラムの最小単位
図3 イノベーション・ダイヤグラムの最小単位
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 前回述べたように、「スジ」の良し悪しのセンスは、人の感性と経験に依存するため、属人性が強いように思われる。だからこそ、それを体系化することは、とてもチャレンジングだ。そこで今から「スジ」の見極め力すなわち技術の「目利き力」を体系化する試みをしてみたい。

 そのためには、前回の連載1)にも登場したイノベーション・ダイヤグラムを思い出す必要がある。さらにイノベーション・ダイヤグラムについて詳しく知りたい方は、拙著「イノベーション破壊と共鳴」2)を読んでいただければと思う。

 イノベーション・ダイヤグラムとは、イノベーションにかかわった個々のプロセスを、図3に示すように「知の創造」と「知の具現化」の直交する2軸に分解し、つらなり続くイノベーション・プロセスをこの2軸で張られた2次元平面の中に描き表していく方法である。

 「知の創造」とは、誰も知らないことや誰も見たことがないことを見出すことをいう。 ヨーロッパで生まれたいわゆる「科学」は、「知の創造」に他ならないものの、「科学」だけが「知の創造」ではない。「誰もできないと思っていたことをできるようにする」技術を見出す営為もまた「知の創造」である。したがって、「知の創造」とは、「誰も知らなかったこと・見たことがないことを知ったり見出したりする知的営為」としての科学を完全に包含するのみならず、「この世にないものをあらしめる知的営為」としての技術を包含する。この「知の創造」という知的営為を、「研究」という言葉で表現してもかまわない。

 一方「知の具現化」とは、こうして創造された新しい「知」同士、あるいはこの「知」と既存技術とを接合させ統合して、経済的・社会的な「価値」にまでに仕立て上げる知的営為である。これは、前述の「知の創造」に属さない技術のすべての部分に他ならない。この「知の具現化」という知的営為を、「開発」という言葉で表現してもよい。

 さらに図3に示すように、経済的ないし社会的に価値づけられた「技術」と、価値づけられていない「知」との境界線を横に引いておこう。その境界線の上の領域が前者、下の領域が後者である。境界線の下の領域を「土壌」とみなし(図3参照)、土壌から木の芽が生えるダイナミクスをイノベーションの類比として捉えると、この図の含意を実感することができる。「知の創造」なる知的営為は、つねに土壌の下で行なわれる。そのため、経済社会から見えない。