ケンブリッジ生活から見えてくるもの

ケンブリッジ大学キングスカレッジ
ケンブリッジ大学キングスカレッジ (画像のクリックで拡大)

 3月の終わりに英国ケンブリッジ大学に赴任して、早くも2カ月が過ぎた。来年の3月までの1年間、ここケンブリッジ大学に31あるカレッジの1つクレアホールに、在外研究員として滞在する予定である。

 かつて長らく南フランスに住んだときにも感じたように、暮らして初めてその国の歴史のさまざまな必然が見えてくる。銅鑼の音を聞きながらおごそかに入るフォーマル・ディナーに出席するときにも、切符をインターネット予約しようとしてミスターやサーなど10以上ある称号の中から1つを選ぶときにも、まったく無駄に見えるその小さな事柄の一つ一つに潜む、折り紙の折り目のような意味付けに、気付かされるのだ。

 私の場合、こうしてうっすらと見えてきたものは「なぜ英国だけが産業革命を成し遂げて、19世紀までに世界の覇権を握るにいたったか」という謎へのかすかなヒントだった。産業革命とは、中学校や高校でくりかえし習ったために却って、そのメカニズムに思いを寄せることがなかった。ここで、薬師寺泰蔵がその著書「テクノヘゲモニー」1) に書き記した言葉を借りよう。

どの国も、優れた民族と文化を均等に持っている。それなのに、なぜある国だけが他の国を差し置いて、突然かつ急激に国際舞台に台頭して来るのだろう。

 この問いかけについて、その謎を解く根本的な鍵は、18世紀の終わりに英国が産業革命を世界に先駆けて成し遂げたからではなく、その200年前にエリザベス1世の強固なリーダーシップでスペインの無敵艦隊(アルマダ)をやぶって海の覇権を手にしたからでもないと、薬師寺は本書の中で言う。では何か。それは、「ヘンリー8世にあった」と彼は言う。彼の説はたいへん鮮烈でオリジナリティに富んでいるので、まずここで、それをまとめておこう。