承前

A社のビジネスのゆくえ

写真11 アマゾン社のキンドル2。
写真11 アマゾン社のキンドル2。

 本連載第4話を脱稿しTech-Onの編集部に送ったのが、2月8日日曜日。

 そして偶然の一致であろうか、A社はその翌日、「電子書籍リーダーのコンテンツ配信について、英国Financial Timesや米国USA TODAYなどとコンテンツ提携契約を結ぶ」と記者発表した。彼らは、2009年後半に、USレター・サイズの電子ペーパー・パッドを試験提供し、2010年の発売をめざすとのこと。おそらくその翌日の2月10日にアマゾン(Amazon)社が電子ブックのキンドル2(Kindle 2)を発表する(写真11)というので、それに先んじて記者発表を行なったものと思われる。いずれの電子ブックも、表示部分は米国イー・インク(E Ink)社の電子ペーパー注1)を使う。

注1)この電子ペーパーは、マイクロカプセルの中に封じ込めた白と黒の微粒子群の電気泳動を利用する。マイクロカプセルの中の黒い顔料はマイナスに帯電しており、白い顔料はプラスに帯電していて、マイクロカプセルの上に付けた透明電極にプラス電圧をかけると黒い顔料が集まって黒くなり、逆にマイナス電圧をかけると白い顔料が集まって白くなる、という古典的な現象を応用したもの。顔料自体の泳動速度は低いので、表示の切り替えは人間の目で見えるほど遅い。しかしいったん表示を切り替えると、あとは電気を食わないので消費電力は反射型液晶の10分の1程度になる。すでにソニーの電子ブック・リブリエ(LIBRIe)に使われており、電池駆動で1万ページの表示が可能。ただしこの電子ペーパー・モジュールは、白黒液晶モジュールの数倍の価格である。

 しかし、実際に発表されたA社の電子ブックの姿を見て、私は失望を禁じえなかった。よくある電子ブックと変わりがないからだ。つまりそのディスプレイは、写真8のようにはしなやかに曲げることができない。これならば、キンドルをはじめとする既存の電子ブックのように、ディスプレイの駆動デバイスとしてシリコンTFT(Thin Film Transistor)を使ったものと代わり映えがしない。

 シリコンでできることを敢えて事業化する場合、大企業のもつ力技に勝つためには利益率を1パーセント台以下にまで削って値段を下げるしかない。レター・サイズの駆動デバイスの買い取り価格は、せいぜい50ドル以下。アマゾン・キンドルの2008年出荷台数20万台から推測すると、A社の年間売り上げは1000万ドル以下と見込まれる。たとえ電子ブック市場が2年以内に10倍になったとしても年間利益は1000万ドルにまったく及ばず、総額1億4500万ドルのバリュエーションとの乖離は、はなはだしい。