一方「知の具現化」とは、こうして創造された新しい「知」同士、あるいはこの「知」と既存技術とを接合させ統合して、経済的・社会的な「価値」にまでに仕立て上げる知的営為である。これは、前述の「知の創造」に属さない技術のすべての部分に他ならない。この「知の具現化」という知的営為を、「開発」という言葉で表現しよう。

 新しく生まれた技術が「知の創造」に属するのか、「知の具現化」に属するのかが、ここで問題になってくる。しかしその区別は、明確に行なうことができる。その新技術が世界中のだれにも思いもよらなかったり、だれも知らなかったりするような「知」であるかどうか、ということだ。ただしすでに述べたように、近代以前においては、情報伝達の可能な領域(ここでは、ヨーロッパ世界)に「世界」を限って議論しよう。

 この2つの明確に区別できる人間の知的営為を、直交軸で描くことにする。ただし図1に示すように、横軸を「知の創造」(研究)、縦軸を「知の具現化」(開発)と定義し、さらに経済的ないし社会的に価値づけられた知識や技術と、価値付けられていない「知」との境界線を横に引いておく。その境界線の上の領域が前者、下の領域が後者である。


図1 イノベーション・ダイヤグラム

 革新を求めるすべてのイノベーション・プロセスは、常にこの図の中で、ある連続したベクトルの連鎖として表現できる。今後、この図のことをイノベーション・ダイヤグラムと呼ぶことにする。またこのベクトルの連鎖を、イノベーション・チェーンと呼ぶことにしよう。後述するように、境界線の下の領域を「土壌」とみなし(図1参照)、土壌から木の芽が生えるダイナミクスをイノベーションの類比として捉えると、この図の含蓄を実感することができるだろう。

―― 次回へ続く ――

参考文献 1)山口栄一,『イノベーション 破壊と共鳴』,NTT出版,2006年.

著者紹介

山口栄一(やまぐち・えいいち) 同志社大学大学院ビジネス研究科 教授,同大学ITEC副センター長,ケンブリッジ大学クレアホール・客員フェロー
1955年福岡市生まれ。東京大学理学部物理学科卒業(1977年)、同大学院修士修了(1979年)。理学博士(1984年)。1979年、日本電信電話公社入社。米University of Notre Dame客員研究員(1984年-1985年)、NTT基礎研究所主任研究員・主幹研究員(1986年-1998年)、仏IMRA Europe招聘研究員(1993年-1998年)、21世紀政策研究所主席研究員・研究主幹(1999年-2003年)を歴任し、2003年より現職。科学技術振興機構 研究開発戦略センター特認フェロー(2006年~)、文部科学省トップ拠点形成委員会委員(2006年~)。 アークゾーン(1998年)、パウデック(2001年)、ALGAN(2005年)の3社のベンチャー企業を創業し、各社の取締役。近著に、『JR福知山線事故の本質―企業の社会的責任を科学から捉える』(NTT出版、2007年)『Recovering from Success: Innovation And Technology Management in Japan』(共著, Oxford University Press, 2006年)『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版、2006年)など。研究室のWebサイトのURLは,http://www.doshisha-u.jp/~ey/

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。