5Vの電源電圧が終焉,携帯機器時代の幕開け

日経エレクトロニクス表紙

 湾岸戦争が勃発しソ連が崩壊するなど世界情勢に注目が集まった1991年,国内では長く続いた大型景気が後退期に入り,いわゆるバブル経済の崩壊を迎える。

 この年,最も読者に読まれた記事はマイコンの発明者探しの混迷を取り上げた特集「マイコンの発明者は私だ」と,バイポーラ・トランジスタの特許を巡る係争を報告した「西澤潤一氏の半導体特許で特許料2%を要求」だった。前者については,発明者を自任するGilbert Hyatt氏を本誌創刊20周年の記念イベントに招待,特集記事にも収録した同氏の発言は注目を集めた。

 最も読者の評価が高かった記事は,寄稿論文3本を含む5月13日号の特集「さらば,5V単一電源」。低電圧化により消費電力が低減し,その後大きく市場が広がるノート・パソコンや携帯電話機といった携帯機器の礎となった。

 松下電器産業の大画面テレビ「画王」が大ヒットし,NTTドコモの携帯電話機「ムーバ」,JRの磁気カード「イオカード」が発売されたのもこの年だった。15年たった現在,それぞれ薄型テレビ,第3世代方式,非接触ICカードへと世代交代が進んだ。

1991年に読まれた記事 BEST 3
  1. マイコンの発明者は私だ(6月24日号)
  2. 西澤潤一氏の半導体特許で特許料2%を要求,TIやIBMなどが拒否(9月2日号)
  3. 正念場を迎えたインテルの独占(9月2日号)
1991年に評価が高かった記事 BEST 3
  1. さらば,5V単一電源(5月13日号)
  2. 1992年の日本電子産業は5.3%成長(11月11日号)
  3. マイコンの発明者は私だ(6月24日号)

「読まれた記事」「評価が高かった記事」は読者アンケートの結果による

本記事は,2006年7月に発行した日経エレクトロニクス創刊35周年特別編集版「電子産業35年の軌跡」から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります

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