前回のコラムでは,デジタル家電の産業構造がモジュラー化/水平分業化/コモディティー化していく中で,日本企業がどのようにしたら競争力を上げられるかについて考えてみた。そのポイントは,米Intel社のモデルを日本流にアレンジすることのようだ。

 その成功例として三洋電機のDVD用の光ヘッド・ビジネスについてとりあげた。同社は光ヘッドの高度な技術ノウハウをブラックボックス化したプラットフォームを構築し,それを中国などのアジア企業に広く提供することで高いシェアを獲得することに成功した。完成品と基幹部品の両方を手掛けることの多い統合型の日本企業が,その強みを生かして基幹部品に軸足を置くことで競争力が上がるという一つの成功パターンである。

 続いて本稿では,サプライチェーンのレイヤーを上流にさかのぼって,プロセス型の産業構造を持つ基幹部品やさらに上流の基幹部材そのものが水平分業化する状況について,どうしたら競争力を上げられるかを考えていきたい。

 ひと口に基幹部品や基幹部材といってもさまざまだが,ここでは製造装置が重要なポイントを占めるプロセス型の部品や部材をとりあげたい。半導体,液晶パネル,光ディスクの記録メディアなどがその典型だろう。本稿では,前回,前々回のコラムでも紹介した,東京大学21世紀COEものづくり経営研究センターの小川紘一氏が書かれた論文『我が国エレクトロニクス産業にみるプラットフォーム形成メカニズム』で紹介されている記録メディアのケースを中心にみていこう。

擦り合わせの極致のような記録メディア

 光ディスクの記録媒体の製造工程は,基板用樹脂の分子設計,合成,成形,有機色素の記録膜のコーティング(追記型媒体の場合)…といった各製造プロセスごとに「秘伝のたれ」のようなノウハウが詰まっている。さらに各プロセス間の相互依存性が高い,極めて擦り合わせ度の高い製造工程といえる。

 例えば,追記型DVDディスクの場合,ポリカーボネート樹脂をスタンパー(凹凸パターンを転写するための原盤)が埋め込まれた金型に射出成形して基板をつくり,その上に有機色素材料をスピンコーティングする。その際,色素材料およびそれを薄める溶剤と,スピンコーティングの際の回転速度の上げ方,下げ方といった微妙な調整がノウハウになる。特に「基板成型プロセスでスタンパーからポリカーボネイト樹脂に転写される凹凸形状が、例えナノ・メートルのオーダーで変わっても色素をスピン・コートするノウハウが変わるという意味で、色素とスタンパーは極めて強い相互依存性を持つ」(p.48)。つまり,材料調整と成形プロセスの擦り合わせが重要になる。

材料と成形法の合わせ技

 一般的に言って,材料と成形法の両方の調整(擦り合わせ)が必要なケースは技術的な難易度が高く,暗黙知が重要な意味を持つ。この分野で日本企業は高い競争力を有している。例えば,液晶パネルを構成する偏光フィルム,PVA(ポリビニルアルコール)フィルム,TAC(トリアセチルセルロース)フィルムといったフィルム材料については日本企業は圧倒的な世界シェアを持っている(このあたりについて書いたコラム)。

 このうち,PVAは,素材そのものは合成繊維「ビニロン」の原料として知られていたが,水溶性であるために液晶となじみやすいことから,液晶層を挟む偏光板の基材としての用途が開拓された。同用途向けに素材の成分を調整したほか,PVAポリマーをヨウ素で染色し,延伸することによりフィルム化とともにヨウ素分子を一定方向にそろえる,という加工プロセスが重要な意味を持つ。

 TACフィルムについても素材としてはもともと写真フィルムの基材として知られているものだが,複屈折が全くないことが評価されて液晶パネルの保護フィルムとしての用途が開発された。この場合も,同用途向けに成分が調整されると共に,複屈折を起こしにくい成膜法である溶液流延製膜法(ポリマーを溶剤に溶かして広い板の上に薄く広げ,溶剤を揮発させながらフィルムを作製する方法)がそれに合わせて微調整されるという擦り合わせが重要だったのである。

 こうした機能性材料の分野では,材料・成形法の開発と…(次ページへ