液晶パネルなどの基幹部品では韓国メーカーに圧倒されているものの,それに使う高機能フィルムなどの材料については日本メーカーは圧倒的な強さを誇っている。上流に遡るほど強さは増し,日本メーカーでほぼ独占状態といった材料も少なくない。需要が旺盛なのにもかかわらず,こうした寡占状態が続いている背景には,そう簡単に他社がまねできない参入障壁がある。

 日本メーカーが強い理由を探る上で参考になるのが「アーキテクチャ論」である。材料の場合には,要求される機能と生産工程を結びつける「工程アーキテクチャ」が適用できる。その観点で見ると,機能材料は汎用材料と違って,各生産工程を調整しながら統合管理する「擦り合わせ型」であり,日本メーカーが培ってきた組織能力と相性が良いことが分かる。加えて重要なのは,開発時には擦り合わせで高付加価値を狙うものの,製品時には標準グレードを中心とする「中擦り合わせ・外組み合わせ」の戦略である。こうした機能材料の勝ちパターンは,半導体などの他の分野でも参考になるのではないだろうか。

 筆者は東海道新幹線に乗ると条件反射的に寝てしまうのだが,1カ月ほど前に乗ったとき,半分眠りながら電光掲示板のニュースをなにげなく見ていると,合間に入る企業広告の中の1フレーズがなぜか気になった。「グローバルニッチトップを目指す」という日東電工の広告である。

 もちろん,この広告の存在自体は前から知っていたのだが,正直に言うとこれまではそれほど気に留めていなかった。グローバルでトップといっても「ニッチ(すき間)」なのだから市場規模が小さく,儲けるのは難しいのではないか,となんとなく思っていたくらいだった。

 しかし,その日は別の感慨を持ってこの広告を眺めた。同社は,増産相次ぐ液晶パネルの構成部材である偏光フィルムで世界トップメーカーになったことを思い出したからだ。ここまで量が増えて,液晶パネルにとって重要な部材を「ニッチ」と呼んでいいのだろうか——。

 などと考えつつ帰宅したあとで,まずはWebで日東電工のことを調べてみた。すると同社自身が,同社のホームページで「グローバルニッチトップ」について次のように説明しているのを見つけた。

私たちは「ニッチ」を単なる「すき間」とは考えていません。「一部分だけど欠かせない。しかも先進的。」それが私たちの考えるニッチです。強みを発揮できる「ここぞ!」という分野に資源を集中投下し,お客様の満足・信頼感を膨らませていきます。それも世界的な広がりで。私たちは,世界のニッチ市場でNo.1をめざします。

 偏光フィルムに限らず,液晶やプラズマといったフラットパネル・ディスプレイ(FPD)を構成する部材・材料については日本メーカーは世界で圧倒的な強さを保っている。パネル自体については,日本メーカーの地位が少しずつ低下し,韓国Samsung Electronics Co., Ltd.といった韓国メーカーが台頭したのとは対照的である。

 しかも,上流の素材になるほど日本メーカーのシェアは高くなる。例えば,液晶の構成部材である偏光フィルムについては前述の日東電工は42%だと見られているが,さらに偏光フィルムを構成するPVAフィルムとなると,クラレが世界シェア85%と圧倒的で,同社と日本合成化学の日本メーカー2社で市場をほぼ独占している(Tech-On!の関連記事1)。そのPVAフィルムを保護するTACフィルムについても,富士写真フイルムが80%とダントツのシェアを持っており,続くコニカミノルタが20%と,2社で世界をカバーしている(Tech-On!の関連記事2)。

「部材メーカーがますます強くなる」

 こうした日本の部材メーカーによる市場寡占は,FPDパネル以外でもデジタル家電分野全般で起きているようだ。これに伴い,これまでどちらかというと弱かった部材メーカーの立場がこのところ俄然強くなってきた,とこのほど発行された日経エレクトロニクス誌の2006年5月22日号の特集「部材メーカーがますます強くなる」では解説している。

 なぜ,部材メーカーの市場寡占は進むのか。薄型テレビや携帯型音楽プレーヤーなどのデジタル機器の市場が拡大するとともにそれに使う部材の需要も急増しているのだから,どんどん新規参入組が名乗りを上げても良さそうなものである。

 確かにソニーが,グループ会社のソニーケミカルとソニー宮城を統合して,新会社を設立して液晶パネル向けの部材を内製するなどの動き(Tech-On!の関連記事3)はあるものの,日経エレクトロニクス誌は取材の結果,「少数のメーカーによる寡占化傾向は今後ますます強まり,部材不足は今後も続く」という結論を導き出している(Tech-On!の関連記事4)。

 需要が拡大しているにもかかわらず寡占化が進む理由は,参入障壁の高さにある。第1に,製造技術に長年培ってきたノウハウがあって他社は簡単にはまねできない。第2に,参入に当たって巨額の設備投資が必要である。第3に,各部材の市場規模自体はそれほど大きくない。第4に,機器メーカーにいったんある部材が採用されると,その代替品を使うには各工程で認定が必要になってしまう,などが考えられると日経エレクトロクス誌は同特集で分析している。

擦り合わせの「工程アーキテクチャ」

 この分析の詳細は本特集を読んでいただくとして,ここでは本コラムらしく,「アーキテクチャ」の概念を使って素材メーカーの強さを考えてみたい。以前のコラムでも触れたが,材料にも「組み合わせ型」と「擦り合わせ型」がある。

 さてここで,以前のコラムで訂正がある。筆者の勉強不足で,材料や化学品などについても「製品アーキテクチャ」という言葉を使ってきたが,これは違うようだ。化学産業,ガラス,窯業,鉄鋼,非鉄金属産業などの材料産業は「製造プロセス」がものをいう「プロセス産業」である。化学品のアーキテクチャについて考察した藤本氏の論文を改めて読んでみると,材料や化学品は「設計活動の大部分が工程設計(プロセス設計)であるような製品を製造する産業」と位置付けている。

 ここで「製品アーキテクチャ」とは,要求される機能と構成部品との対応関係や構成部品間のインターフェースの構造のことだが,材料などのプロセス産業の場合,対象は固体や液体なので「部品」のように構造が明瞭でない。このため,アーキテクチャ概念を生産工程に適用することによって,藤本氏は化学品における構造を説明した。これを「工程アーキテクチャ」と呼ぶ。原材料を変形,加工させて所定の製品を生み出す工程群に注目し,各工程群の「つなぎ方」(プロセス・フローやレイアウト)を考えるのである。

 この工程アーキテクチャの観点から見ると,既存の設備を買ってきて寄せ集めればできてしまうものを「組み合わせ型」の材料,用途ごとの機能を実現するために各工程の設備を内製して一貫して製造する材料を「擦り合わせ型」の材料と分けることができる。

 このうち「組み合わせ型」の材料とは,化学プラントなどの製造設備さえ導入すればそれなりの材料が得られる汎用プラスチック,鋼材でも建築向けなどの汎用鋼材である。そして前述したようなFPDパネル向けの各種部材のような機能材料は,後者の擦り合わせ型の材料と見ることができる。日本メーカーがこうした擦り合わせ型の材料で国際競争力が高いのは,自動車分野で日本メーカーが強いのと同じようにアーキテクチャ論で説明できる。こうした擦り合わせ型の材料では,日本メーカーが戦後,ヒト・モノ・カネが不足する中で培ってきたチームワークやきめ細かい管理手法が有効に働くのである。

COPに見る「擦り合わせ型」材料開発の勝ちパターン