こうした機能性材料の分野では,材料・成形法の開発と用途開拓が同時に進められ,それに先行したメーカーの材料がデファクトスタンダードとなって,他の追随を許さない,という状況をつくる。材料の調整と加工プロセスの擦り合わせのノウハウが暗黙知として材料メーカーの内部に蓄積され,他社は容易にまねできない。垂直統合モデルがうまく機能しているケースである。

専業装置メーカーの出現は必然?

 しかし,こうしたプロセス産業においても,水平分業化の波が押し寄せてきている。需要が拡大し,より生産規模が大きくなると,参入企業が増える。1社だけに閉じていては世界的な技術革新についていけなくなって製造装置メーカーとの共同開発が重要になってくる。するとそのうち専業の製造装置メーカーが出現して,その製造装置を買ってきさえすればある程度はつくれるようになるのである。その意味では,前述の高機能フィルムの例は,規模的に他社が参入しないニッチな状況で日本メーカーが「残存者利益」を享受しているという分野だと言ってよいのかもしれない。

 過去に水平分業化の波が押し寄せたプロセス産業の典型が,DRAMなどの半導体メモリであろう。製造装置メーカーが標準装置を供給し始め,さらには標準プロセス込みで売り始めたのだ。例えば,装置メーカーの米Applied Materials社は,装置そのものに加えて,ソフトウエア,プロセス,プロセス・モジュール,さらには「この材料を使ってこの装置をこう使えばデバイスがつくれますよ」というトータル・ソリューションを提供してきた。日本の半導体メーカーは当初,これを受け入れなかったが,韓国や台湾など海外の半導体メーカーには広く受け入れられたという。装置メーカーに任せるところは任せたことが,韓国や台湾メーカーが日本メーカーよりも低コスト体質になった一因である(このあたりのことを書いたコラム)。

 液晶パネルの場合には,半導体メモリほど標準装置は供給されていないものの,台湾メーカーは,日本メーカー向けにカスタマイズされた装置を世代遅れで導入することによって,開発負担を低減している。韓国のパネルメーカーは既に日本と同レベルの技術水準にあるが,かつては日本メーカー向けに開発された装置を導入することによってキャッチアップしてきたのである。

プロセス産業にも押し寄せる形式知化とデジタル化

 半導体産業が水平分業化してきた背景には,半導体プロセスに埋め込まれていた暗黙知が形式知化し,さらにはデジタル化している状況があると思われる。こうした傾向は300mmウエハーの時代を迎えてさらに顕著になってきた。

 例えば,2005年7月に量産を開始した東芝のNANDフラッシュ・メモリーの300mmウエハーラインでは,ウエハーの投入や装置の検査工程などは人間の判断を必要とする暗黙知のプロセスを形式知化することにより,コンピュータシステムに置き換えていったという。これによって,装置の稼働率を10%向上させ,ラインの立ち上げ期間を短縮し,スキルレス化を達成することによって,技術者不足問題の解消に役立ったそうだ(このあたりのことを書いた以前のコラム)。この場合は,自社のプロセスを効率化するために形式知化したわけだが,一方で形式知化することによって他社がまねしやすくなるのも厳然とした事実だと思われる。

 また300mmウエハー時代になって,こうして形式知化されたノウハウは,工程管理システム(CIM)に取り込まれて,より広く流通するようになった。各プロセスの付加価値がデジタル化されてCIMに集中するようになったのである。

 そして,光ディスクの記録メディアも同様に水平分業化の道を歩んでいる。メディアメーカーは,製造プロセスの検討を装置メーカーと共同で進めるうちに,装置メーカーが製造ノウハウを蓄積し,専業メーカーとして独立するようになった。そのノウハウを組み込んだ装置をトータルな量産システムとしてアジア諸国の技術的蓄積のないメーカーに販売するようになったのである。こうして日本の多くのメディアメーカーは,価格競争に巻き込まれて,撤退への道を歩んだメーカーも多い。

「標準化」と「アジア企業の巻き込み」に挑む

 そうした状況下で,新たな手法でメディアビジネスを再興したのが三菱化学である。同社も1990年代,例外にもれずCD-Rメディア事業では塗炭の苦しみを味わった。続くDVDメディアでも同様に水平分業化の波が押し寄せるという事態に直面して,同社は戦略を変えた。小川氏の論文によると,その新戦略のポイントとは,前回のコラムで見たような,日本メーカーが苦手な2つの点(「標準化」と「アジア企業の巻き込み」)に真っ向から挑むものであったようだ。

 第一の「標準化」については,三菱化学はDVDの規格に同社の記録用有機色素材料のノウハウを刷り込むという動きをしたのだという。その際のノウハウとは,前述したように,色素を樹脂基板にスピンコーティングする一連のプロセスに組み込まれている。同社は,この色素とスタンパーの擦り合わせノウハウをブラックボックス化して規格に入れ込むことによって,装置ベンダーや検査ベンダーは同社の色素などに合わせた装置やスタンパーの開発を余儀なくされたのである。

 第二の「アジア企業の巻き込み」については…(次ページへ