【アーカイブ視聴】本連載の著者・大串康彦氏登壇セミナー「世界の蓄電池ビジネス、最新事例とプレーヤーを徹底解説」

 今から10年近く前、2014~2016年ごろに米国東部で系統用蓄電池の導入ブームが起こっていた。当時はインフレ抑制法(Inflation Reduction Act, IRA)(前回記事参照)やFIT(固定価格買取制度)のような助成策もなければ、再生可能エネルギーの大規模導入に伴う定置式蓄電池のニーズも顕在化していなかった。この状況で、なぜ市場を立ち上げることができたのか。
 第6回となる今回は、この事例を基に系統用蓄電池の分野で、米国が蓄電池産業の発展に必須である需要創出と市場開発をどう行ってきたのかに焦点を当てる。

(出所:123RF)
(出所:123RF)

 米国では系統用蓄電池を導入する動きが2021年から加速している(連載第5回の図2山家公雄氏のシリーズ記事「米国で離陸する蓄電事業」も参照)。系統用蓄電池は、再エネの利用が進んでいるカリフォルニア州とテキサス州の2州で米国全体の導入量のおよそ8割を占める。しかし、カリフォルニア州やテキサス州で定置式蓄電池の大規模導入が始まる兆しさえ見えていなかった2015年をピークとして、米国東部で系統用蓄電池の導入のブームが起こっていた。

 当時は蓄電池のコストが現在の3~5倍程度とかなり高額だった。このため蓄電池が有用な技術であると分かっていても、高いコストを正当化できるアプリケーション(用途)を見つけるのは容易ではなかった。しかも、再エネの大規模導入に伴って生じる系統用蓄電池のニーズもまだ顕在化していなかった。こうした中で、どのようにして系統用蓄電池の市場を開発することができたのか。少し古い事例ではあるが、ここから蓄電池の新たな市場を開拓するためのヒントが得られると考え、この記事で取り上げることにした。

2015年ごろに米国東部で起きた系統用蓄電池ブームとは

 ブームが起きた米国東部とは、米国東部13州とワシントンDCを管轄する独立系統運用機関(ISO/RTO)であるPJMの管内を指す。ここで周波数調整サービス(後述)を提供する事業者を中心に定置式蓄電池の需要が2015年ごろに急増した(図1)。2021年以降のカリフォルニア州やテキサス州における導入状況と比較すると規模が小さいので、見落とされがちだが、PJM管内は、2017年末時点でMWベースでは最も多くの系統用蓄電池が導入された地域だった(MWhベースではカリフォルニアに次いで2位)。

2015年をピークとしてPJM管内で起こった系統用蓄電池のブーム
2015年をピークとしてPJM管内で起こった系統用蓄電池のブーム
図1●PJM管内の蓄電池導入量(出所:U.S. Energy Information Administration, 「2022 Form EIA-860 Early Release, Annual Electric Generator Report」 のデータを基に著者作成)

 定置式蓄電池の市場がまだ黎明期にあった2015年ごろに、いきなりPJM管内で需要が急増した要因は複数あると考えている。

 その中で特に大きな要因が3つある。第1は、定置式蓄電池が参画できる電力サービスの市場が早期に整備されたこと。第2は、業界団体が蓄電池の普及を後押ししたこと。第3は事業の特性やリスクを深く理解したうえで出資するレンダー(貸し手)が存在したことである。このうち、第2と第3は、目立たないのでメディアの記事で取り上げられることは少ないが、重要な要因である。

周波数調整という蓄電池の新たな用途

 第1の要因として挙げた市場の整備とは、PJMが構築した周波数調整市場のことである。PJMが運営する4つの電力市場、すなわち卸電力市場(Energy Market)、容量市場(Capacity Market)、アンシラリーサービス市場(Ancillary Services Market)、金融的送電権(FTR:Financial Transmission Rights)市場のうち、アンシラリーサービス市場に含まれる市場の1つだ。

 周波数調整とは、供給する電力の周波数を基準に電力系統における需給の小さいズレを補正するサービスである。電力の需給バランスが崩れると供給する電力の周波数が基準値からずれる。このときに周波数を基準値に一定に保つように供給する電力を調整することから、このサービスが「周波数調整」と呼ばれている。PJMは周波数調整のサービスを提供する系統運用機関の1つである。

 従来は、周波数調整のために発電機の出力を上下させていた。ここで新たに考案されたのが、系統に接続した蓄電池から充放電させることによって周波数を調整する方式である。蓄電池を使う方式は、発電機の出力を調整する従来の方式よりも、周波数変動に対する応答が速い。つまり、需給バランスの安定化を図る点で優れている。

 ただし、2010年ごろは、まだ定置式蓄電池が高額だったこともあり、蓄電池を使う周波数調整事業の収益性については曖昧な状況だった。こうした中で、業界に先駆けて収益性が見込める市場を設計したのがPJMだった。

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