再生可能エネルギーの普及や自動車の電動化などを背景に急拡大する蓄電池産業。覇権を狙って産業政策を強化する動きが、米中欧を中心に世界で活発化している。その動向は、蓄電池に関わるあらゆる業界に影響を与える可能性がある。
 こうした状況を受けて本連載では、国内外の企業でエネルギー関連技術の開発に長く携わり、関連する産業政策や企業戦略に詳しい大串康彦氏が、蓄電池を巡る各国・地域の産業政策の動きを整理しながら覇権争いの行方に迫るとともに、蓄電池産業育成に向けた戦略のキーポイントを考察する。第1回は、イントロダクションとして蓄電池産業を巡る世界情勢を概観する。

(出所:123RF)
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 近年、蓄電池産業の世界覇権を狙う国や地域が、自国・地域の優位性を高めるための施策を積極的に打ち出している。

 現在、生産能力で世界トップの座を誇る中国は、「労働集約型で廉価な労働力に依存する低付加価値型製造業」から「イノベーションを経済成長のエンジンとする高付加価値型製造業」に転換する政策を過去10年で実行し、現在のポジションを築いた。

 韓国の調査会社SNE Researchによると、 2023年1~4月期における車載用蓄電池の世界市場シェア の1位と2位はそれぞれ中国CATL(寧徳時代新能源科技、Contemporary Amperex Technology)と中国BYD(比亜迪股份有限公司)である。この2社だけで世界シェアの50%を超える。この背景には圧倒的な規模の投資によって供給能力と価格競争力を高める中国の戦略があった。

 中国が供給能力と価格競争力で世界を圧倒しようとしているのに対し、欧州は新たなルールを設けることで、地域の優位性を高めようとしている。欧州委員会は、「バッテリーパスポート」や「カーボンフットプリント」などの要件を盛り込んだ蓄電池に関する新たな「電池規則」の施行を急いでいる。

 バッテリーパスポートとは個々の蓄電池の情報の電子的記録であり、蓄電池の基本仕様、性能、カーボンフットプリント、リサイクルされた材料、責任ある調達に関するサプライチェーン(供給網)などの情報が含まれる。また、カーボンフットプリントは、使用段階を除くライフサイクル全体で排出されるCO2を明示する仕組みのことを言う。欧州ではこれらの実施に欠かせない企業間のデータ連携基盤の構築を目的としたイニシアティブが近年、続々と立ち上がっている。

 一方、米国は国内の蓄電池産業強化に向けた政策を次々と展開している。その1つが、2022年に施行したインフレ抑制法(IRA法)である。IRA法では電池部品と重要鉱物の調達要件を設定して中国などの海外製品の流入を防ぐとともに、税制優遇を中心に国内産業に潤沢な経済的インセンティブを提供する。半導体と同様に、「米中デカップリング」を進める意図も、ここにはあるはずだ。

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