蓄電池をめぐる各国・地域の産業政策を分析し、覇権争いの構図を明らかする本連載。第5回となる今回からは、2022年8月にインフレ抑制法(Inflation Reduction Act, IRA)が成立した米国を取り上げる。同法成立後、わずか1年で米国内に35もの蓄電池関連工場の建設が発表された。米国の国を挙げた猛追により、中国・韓国・日本が支配する蓄電池市場はあと数年のうちに大きく変わる可能性がある。

(出所:123RF)
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 米国の再エネ・蓄電池の業界団体The American Clean Power Association及びエネルギー業界に特化したメディア「Canary Media」が発表した情報を集計すると、35件の蓄電池の製造工場およびリサイクル工場の建設への合計投資額は、10月18日時点で514億ドル(7.7兆円、1ドル=150円、以下同じ)。新規雇用予定数は2万4000人を超える見通しだ。

 発表済みの新設工場の多くは2024~2026年に稼働する予定だ。つまり、今後3年間で米国の蓄電池生産およびリサイクル能力は大幅に増加することになる。

IRA成立後に米国は蓄電池工場設立の発表が相次ぐ
IRA成立後に米国は蓄電池工場設立の発表が相次ぐ
図1●IRA成立後に発表された蓄電池製造・リサイクル設備の新設計画 ※米Ford moterと中国CATLの工場(後述)は検討が停止されているため除外
(出所: The American Clean Power AssociationCanary Media 2023年10月18日時点、その他資料を基に著者作成)

 米国は新型コロナウイルス禍に実施した大規模金融緩和や給付金などの支給や、2022年からの国際紛争を背景としたエネルギー価格高騰によりインフレが続いている。2022年6月には米国の消費者物価指数が前年同月比9.1%まで上昇した。これを抑えることを目的に成立したのがIRAだ。

 IRAは消費者物価の抑制や財政赤字削減に加え、温室効果ガス削減を目的としている。具体的には、法人税最低税率設定や処方薬価の改革で得た財源を基に、エネルギー安全保障・気候変動分野に今後10年間で3690億ドル(55.4兆円)の投資を行う。

IRAの施策はサプライチェーンを見直す大統領令を踏襲

 IRAの施策の多くは、2021年2月に発令された米国のサプライチェーンを100日以内に見直すという大統領令に端を発するものだ。この大統領令に従い、商務省、エネルギー省、国防総省、保健福祉省の4つの省が、それぞれ半導体、蓄電池、重要鉱物、医薬品に関してサプライチェーンの見直し・リスク評価・推奨事項のまとめを実施し、2021年6月に報告書「回復力のあるサプライチェーン構築、米国製造業の再活性化、幅広い分野での成長」を発行した。

 大統領令が発令された背景には、コロナ禍でサプライチェーンが寸断され、物資の流通が停滞したことがある。だがそれ以上に、中国対策の側面が強い。半導体や蓄電池を含む戦略分野において、中国が市場支配を狙った野心的な政策を講じているためだ。その証左に、上記の報告書には中国に関する分析を詳細に記載しており、中国が米国の最大の競争相手であることがありありと分かる書きぶりとなっている。

 この報告書で既に、蓄電池の米国内生産能力の拡大、EV(電気自動車)普及のためのインセンティブ付与、定置式蓄電池設備投資の税控除、重要鉱物確保のための遮断されないサプライチェーンの構築など後にIRAで採用される施策が提案されていた。

 関連法としては、2021年11月に成立した「インフラ投資・雇用法」もある。超党派インフラ法としても知られるこの法律は、インフラに対して5500億ドル(82.5兆円)を追加投資することを定めている。対象となるのは、道路、橋、公共交通のほか、EVインフラの拡充やスクールバスのEV化、公共バス・フェリーのゼロエミッション化など多岐にわたる。

 サプライチェーンに関する大統領令やインフラ投資・雇用法などによって、米国の蓄電池産業の強化は既に方向付けられていたが、IRAがさらに確固なものとしたのだ。

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