「PBR1倍割れ」は資本市場のパワーワードだ。アクティビスト・ファンド(物言う株主)が企業批判の材料に使うに止まらず、“上場失格企業”としてリストアップされることもある。特に規制産業と成熟産業は高リスク企業が多い傾向が強く、電気・ガス業では約4割がPBR1倍割れ、大手電力・ガス15社が高リスク企業に分類される。
 では、そもそも「PBR(株価純資産倍率)」とは何なのか。PBR1倍割れとはどういった状況なのか。上場企業に求められる対応とはどのようなものなのか。コーポレートガバナンスの専門家である日本シェアホルダーサービス(JSS)の藤島裕三氏に解説してもらった。

(出所:123RF)
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 事の発端は2023年3月、東京証券取引所が上場会社に対して提示した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」という文書だ。

 東証はこの文書でプライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割もの上場会社がROE(自己資本利益率)8%未満、PBR1倍割れとなっており、資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況を問題視。資本コストや株価を意識した経営を実現するために、速やかな対応を取ることを求めたのだ(「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」)。

 証券取引所が株価向上のアクションを上場会社に求めるのは極めて異例だ。グローバルに比較した日本企業のROEやPBRが低水準であり、その現状に東証が大きな危機感を抱いていることの表れだ。

 機関投資家は総じて今回の東証文書を好意的に捉えている。また、この文書を後ろ盾にアクティビストが「PBR1倍割れ」企業への批判を強めることも予想される。今後、上場企業にとっての「PBRリスク」は確実に高まるだろう。

「PBR1倍割れ」が上場企業失格と言われるのはなぜ?

 では、PBRとはそもそも何を意味する指標なのか。ざっくりいうと、その会社が将来にわたって、どれだけ「稼ぐ力」「もうける力」があるのか。投資家がその会社に対して持っている期待度を表した指標だ。

 「PBR(Price Book-value Ratio)」は株価純資産倍率とも言われ、「時価総額÷純資産」または「株価÷1株当たり純資産(BPS:Book-value Per Share)」で算出する。純資産は会社の正味財産を指し、仮に会社が清算となった場合には株主に分配される原資となることから「解散価値」と言うこともある。会社の財産が事業の成長を通じて何倍に増えるかを示した株価指標がPBRだ。

 PBRが1倍を割れている株価というのは、「その会社の事業に成長する余地がもはやない」または「現経営陣には事業を成長させる力がないと」投資家が判断していることを意味している。

 成長どころか、今のまま事業を継続すれば会社の財産が目減りしていくと懸念されており、経営陣が事業を畳んで即、会社の清算手続きに入ってくれた方が損が小さく済むので望ましいと投資家が考えているということだ。PBR1倍割れの企業は「上場会社として失格」との烙印(らくいん)を押されかねない状況にある。

 もちろん「市場は間違う」との格言通り、有望な事業や有能な経営陣が過小評価されてPBRが1倍を割れている、すなわち株価が割安というケースも考えられる。株価が割安だからPBRが1倍を割れているのか、そうではないのかを判断するには、その会社の「ROE」を見ればいい。

 PBRは「ROE(自己資本利益率)×PER(株価収益率)」に分解することができる。ROEは投入した資本に対してどれだけ効率的に収益を上げたかを示す指標で、事業や組織の経営能力を表すものだ。後者のPERは、時価総額が直近の利益水準に対して何倍あるかを示したもので、将来の利益成長に対する資本市場の期待の大きさを反映する指標だ 。

 このためROEが高いのにPERが低い(経営能力は高いのに、資本市場の期待感が低い)というケースならば、資本市場が会社の実力に対して将来性を過小評価している可能性が考えられる。

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