2016年以来、「P2P電力取引」という新しい電力の取引方法が実証実験を中心に世界中で試されてきた。その先陣を切った1社が、2016年4月からBrooklyn Microgrid(ブルックリン・マイクログリッド)を運営した米国スタートアップ企業のLO3 Energyである。しかしP2P電力取引の大規模商用展開を見ることなく、同社は2023年2月をもって操業停止となった。
 P2P電力取引の課題は何だったのか、現在地はどこか、そして、今後普及する可能性はあるのか。同社で事業開発を担当していた著者がP2P電力取引のこれまで総括し、今後を展望する。

「P2P電力取引」は新たな電力取引手法として世界中で試されてきた
「P2P電力取引」は新たな電力取引手法として世界中で試されてきた
図1●米ニューヨーク州ブルックリンで実施されたBrooklyn Microgridプロジェクト(出所:https://www.brooklyn.energy/、2023年4月11日アクセス)

 「ピア・ツー・ピア(Peer-to-Peer 、P2P)電力取引」という新しい電力の取引方法が華々しく世に出たのは2016年のことだった。その先陣を切ったのは、米ニューヨーク州ブルックリンにて「Brooklyn Microgrid」の実証実験を開始したLO3 Energyや、オーストラリア「National Lifestyle Village」(ナショナル・ライフスタイル・ビレッジ)にてP2P電力取引の実証実験を行った豪Power Ledger(パワーレッジャー)をはじめとするスタートアップ企業だった。

 大手電力もこの動きに参入した。スウェーデンの大手電力会社Vattenfall(バッテンフォール)はオランダにPowerpeers(パワーピアーズ)を設立し、太陽光発電の余剰電力を他の需要家と共有できるサービスを開始した。翌2017年には、ドイツの大手電力innogy(イノジー)が直接電力取引のビジネスを探究するために、事業会社Conjoure(コンジュール)を設立。東京電力ホールディングスが出資参画した。

 ここで論点のズレや誤解を避けるため、「P2P電力取引」を定義しておく。発電事業者と需要家のひもづけをP2P電力取引と呼んでいる事業者もあるが、本稿ではP2Pの元の意味「Peer to Peer(対等な者同士)」をとり、以下の通り、「需要家対需要家の取引」とする。具体的には下記の通りだ。

 「小売電気事業者A」が、主に中央集中型の発電源および送配電網を使って「需要家B」に供給を行う従来の取引に対して、太陽光発電などによる電力の供給能力のある「需要家Y」が、別の「需要家Z」と電力の取引を行うことを「P2P電力取引」とする。ただし、小売電気事業者が仲介するケースもある。

P2P電力取引は需要家対需要家の電力取引だ
P2P電力取引は需要家対需要家の電力取引だ
図2●従来の電力取引とP2P電力取引の概念(出所:インプレス『商用化が進む電力・エネルギー分野のブロックチェーン技術2020-2021』p.66-67)

 初期にP2P電力取引が注目された大きな理由は、P2Pを提案した多くの企業が実現手段としてブロックチェーン技術を採用したことである。P2P電力取引の試行が始まった2016年は、ブロックチェーン技術が関心を集めた時期と重なる。そのため、P2P電力取引の新規性・革新性が強調されやすい環境だった。

 実際は、P2P電力取引にブロックチェーン技術が必須というわけではない。例えば、Powerpeersなどはブロックチェーン技術を使っていないか、少なくともブロックチェーン技術を使用しているとは公表していない。ブロックチェーン技術で使われている通信方式のP2Pと、電力のP2Pは似て非なるものであるにもかかわらず、「仲介者がいなくなる」「既存プレーヤーが中抜きされる 」という言説も流布され(これらは後ほど正確ではないと分かるが)、P2P電力取引への興味関心が集まった一面もある。

P2P電力取引はなぜ実証実験を超えて広まらないのか

 2016年以降、「ブロックチェーン技術を利用した電力取引プラットフォーム」を手掛ける企業は世界中で増加し、 著者の調べ では2018年11月までには60社近くに及んだ。その多くがP2P電力取引の実用化を目指していた。

 しかし、世界中で行われていた数々の実証実験にもかかわらず、それから数年経ってもP2P電力取引の商用サービスを大規模に展開したという話を聞くことはなかった。ただし、規模は不明だがPowerpeersは当初から商用サービスを展開していた。また、小規模ながら商用サービスを展開していた企業はLO3 Energyも含め何社かあった。

 では、なぜP2P電力取引が広まっていないのか。主に日本からみた文脈で3つの原因を解説したい。

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