大規模な蓄電事業で世界のトップを走るオーストラリアを読み解く本連載。前回は豪州で運転中の大規模蓄電事業について、各事業の詳細や政策が与えた影響について解説した。第3回となる今回は、豪州のおびただしい数の建設・計画中の蓄電池事業から、系統用蓄電池と電力システムの将来を読み解くヒントを探る。これまで再エネは系統が不安定になるという理由で、電源構成の5割までしか導入できないといわれてきた。だが、その常識を蓄電池が覆す。

(出所:123RF)
(出所:123RF)

[連載] 豪州が目指す脱炭素フロントランナー
第1回:資源大国オーストラリアは再エネ導入目標で世界トップに
第2回:豪州で運転中の12の大型蓄電池事業から見えたこと
第3回:豪州で起きた歴史的事件、再エネ100%は系統用蓄電池で実現できる(今回)

 豪州では2022年、世界初の快挙であり、蓄電事業の歴史を変えるインパクトを持った“事件”が起きた。ビクトリア州が2022年9月に実施した系統強化用設備の公募を系統用蓄電池が落札したのだ。

 落札したのは、豪州の再エネ・蓄電池開発事業者のEdify Energyが米Tesla(テスラ)と組んで建設中の系統用蓄電池「Koorangie」だ。蓄電容量は125MW/250MWhで、2023年の運転開始を予定している。

 ビクトリア州は再エネの適地だが、系統が混雑しやすい地域でもある。このため、州政府は系統強化のための設備を公募していた。

 長年、系統を安定させるためには回転(機械)式発電機が不可欠とされてきた。これまでの電気工学の常識が「系統の安定には慣性力(イナーシャ)を提供できる回転(機械)式発電機が必要であり、再エネや蓄電池などのインバーター制御の技術が増えると安定性に支障を来す」というものだったためだ。

 昨今、インバーター制御のVRE(変動性制再エネ)が普及し、回転式発電機である火力発電などが減少。このため、慣性力の不足に対する懸念が世界各国で強まっている。

 日本はもちろん、豪州でも「慣性力の制約によりVREの普及は電源全体の5割まで」といわれてきた背景にはこうした事情がある。日本の2050年の電源構成で水力を含む再エネが5~6割とされているのも、慣性力の制約が理由の1つだ。

 系統安定化技術には、水車を活用する揚水発電、シンクロナスコンデンサー(同期調相機、ロータリーコンデンサー)、革新インバーター付き蓄電池、フライホイールなどがあるが、中でも回転式機械設備であるロータリーコンデンサーが最有力候補と考えられてきた。再エネ導入量の増加とともに、ロータリーコンデンサーが増えると考える電力関係者は非常に多い。

 ロータリーコンデンサーはタービンを持たない発電機であり、系統に慣性力を提供するために1950年代に開発された技術だ。実際、系統安定化技術の入札などで蓄電池がロータリーコンデンサーに勝った前例はない。

 この長年の常識を打ち破ったのがEdify Energyというわけだ。同社は「蓄電池がロータリーコンデンサーに競争で勝ったのは世界初であり、革新的な蓄電池があれば従来の回転式発電機に依存する理由がなくなる」とその意義を強調する。これまでの経緯があるからこそ、蓄電池がロータリーコンデンサーに入札で勝利した事実は衝撃的だ。

 この公募の後、電力市場と連系線の運用者であるAEMO(Australian Energy Market Operator)は調整力として、Edify Energyと125MWの契約を締結した。この契約に対してビクトリア州政府は、「AEMOが調整力の価値をとしてEdifyに支払う対価は、今後20年で1億1900万ドルに上る」と試算している。

 AEMOのCEOであるDaniel Westerman氏は2022年12月9日、豪州メルボルンで開催した講演会で、こう語った。「豪州で再エネ100%を実現するにはロータリーコンデンサーを40カ所設置する必要がある。ただし、系統の安定化には、高速応答が可能な系統用蓄電池や自立型インバーター、ロータリーコンデンサーやフライホイールなど様々な技術が使える」

 この発言は、豪州の高い再エネ導入目標の実現にはロータリーコンデンサーが必須だと考えられていたことに加えて、系統用蓄電池など他の選択肢がロータリーコンデンサーに取って代わる可能性を秘めていることを表している。

 豪州の系統用蓄電池をめぐる動きは、「2030年再エネ82%」という目標に対する本気度の表れだ。そして、系統用蓄電池が慣性力を提供できるという事実は、再エネ100%の実現を間違いなく大きく手繰り寄せている。

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