2020年12月中旬から約1カ月続いた日本卸電力取引所(JEPX)スポット市場の価格高騰。世界に類を見ない異常な高騰は、1月の需給ひっ迫と関係があったのか、それともなかったのか。今回の市場高騰が示した課題とは--。SNSに公開情報に基づくデータ分析を投稿している安田陽・京都大学特任教授による緊急寄稿後編です。

 前編では電力市場価格の高騰について、JEPXや電力広域的運営推進機関の公開データの分析から、客観的に蓋然性高く推論できることを洗い出してみました( 前編「電力市場の価格高騰要因を公開データから読み解く」)。

 JEPXの買い札量と気温に相関関係がないことや、LNG価格指標「JKM(Japan Korea Marker)」とJEPXの売り札量に相関があること、2020年12月26日を境に市場行動が変わったことなどが分かりました。後編では、需給逼迫の懸念と市場価格高騰の関係について分析・考察していきます。

欧米では「需給ひっ迫」と「電力市場の高騰」は独立事象

 まず、本論に入る前にお伝えしたいことがあります。電力市場の価格高騰要因として、需給ひっ迫(電力の安定供給の懸念)が多くのメディアやSNSで取り上げられていますが、電力の安定供給と市場価格はそれぞれ独立事象です。これは電力の市場取引が盛んな欧州や北米での一般論です。

 市場価格が高騰したり大荒れしなくても、ブラックアウトのような大規模停電や広域での停電は発生します。多くの場合がハリケーンなどの自然現象に起因する停電です。

 また、市場価格が高騰したとしても、電力の安定供給を脅かすほどではない場合もあります。欧州や北米で発生する価格スパイクの多くが、このケースに当てはまります。

 もちろん、需給ひっ迫と市場高騰が同時に起きるケースもあります。ですが、基本的に両者の間に無理に因果関係を求めない方がよいでしょう。特に、定量的なデータ分析を伴わない印象論的推論(いわゆる連想ゲーム)は問題の本質から目をそらさせ、原因究明やリスク低減から遠ざかってしまいます。

需給ひっ迫をデータで検証する

 それでは、2020年12月以降に日本で需給ひっ迫が実際にあったのかどうか、公開データを見てみましょう。需給ひっ迫は多くの人に不安を与えやすいテーマだからこそ、印象論で不安をあおる表現や、根拠のないリスク軽視の姿勢を慎重に排し、客観情報を分析していく必要があります。

 スライド5は、広域機関のWebサイトに公開されている2021年1月1日以降の予備率の推移です。広域機関が公開しているCSVデータは、対象日の前日に予想した「最大供給力予想」に対する「最大総需要予測」の割合を「予想使用率」としています。これを100%から引いたものを「予想予備率」と定義しています。

 スライド5の各図の赤い太線は9エリア計の値(いわゆる広域予備率)です。左上図の細線は東日本の各エリア(一般送配電事業者の管内)単独での予備率、左下図の細線は西日本の各エリアでの予備率を示しています。また、右下図は1月14日時点での向こう2週間の予備率の(9エリア合計の広域予備率)です。

スライド5●予備率の推移
スライド5●予備率の推移
(出所:著者作成)※スライド1~4は「前編」参照

 また、スライド5の各図では予備率3%と予備率8%のところに基準線を引いています。予備率3%は、需給ひっ迫時の警報発令の基準となる数値です(図2)。そして、予備率8%は、2024年度以降施行が予定されている運用ルール(図3)で、需給ひっ迫のおそれを周知する基準となる数値です。

図1●需給ひっ迫警報発令から計画停電への流れ
図1●需給ひっ迫警報発令から計画停電への流れ
(出所:内閣府 電力需給に関する検討会合(第7回)・エネルギー・環境会議(第10回)合同会合 参考資料2 、2012年)

図2●2024年度以降の需給ひっ迫時対応
図2●2024年度以降の需給ひっ迫時対応
(出所:電力広域的運営推進機関 第52回調整力及び需給バランス評価等に関する委員会 資料2、2020年)

 スライド5の左上図を見ると、1月12日に9エリア計の広域予備率が8%を割っています。エリア別データでも1月12日は全エリアで8%を下回っており、広域的な予備力の不足の懸念が実際に発生していたことが分かります。また、左下図を見ると、1月7日および1月12日にいくつかのエリアで予備率が3%を割っています。需給ひっ迫の懸念が実際にあったことを示しています。

 ただし、現行ルールでは、あるエリアで予備率が3%を下回ったら、ただちに「需給ひっ迫」とされるわけではありません。図1の通り、他社から電力融通を受けても3%を下回った場合に、需給ひっ迫と認定されるのです。

 実際、予備率が3%を下回った1月7日も12日も、広域機関が「需給ひっ迫のための指示」を実施し、他エリアからの電力の供給を実施。少なくとも政府による「需給ひっ迫警報」の発令は回避された形となっています。

 とはいえ、需給ひっ迫ギリギリの綱渡りだったことには変わりなく、需給ひっ迫警報の発令を回避できたのは電力インフラの現場を支えるエンジニアの方々の努力の賜物だと思います。

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