電力市場の高騰を背景に、小売電気事業者の撤退や事業縮小が相次いでいる。資源エネルギー庁や電力・ガス取引監視等委員会は需要家保護の観点から、小売電気事業者を対象として市場リスク管理規制を導入すべく、議論を活発化させている。ただし、一口にリスク管理といっても、事業者の理解やスキルが伴わなければ“絵に描いた餅”に終わりかねない。

 電力市場における電力リスクマネジメントの重要性が唱えられるようになって久しい。2020年秋口から2021年冬にかけて発生した燃料制約に起因するJEPX価格の高騰を契機に、資源エネルギー庁は電力リスクマネジメントに関するガイドラインを策定した。2021年11月のことだ。

 この際、小売電気事業者や発電事業者が参考にすべきリスクマネジメント事例も示した(「地域や需要家への安定的な電力サービス実現に向けた市場リスクマネジメントに関する指針」「地域や需要家への安定的な電力サービス実現に向けた市場リスクマネジメントに関する参考事例集」)。

 その後発生したウクライナ侵攻がLNG(液化天然ガス)や石炭といった燃料価格をさらに押し上げ、電力市場の高値は深刻な状態が続いている。リスクマネジメントの必要性は高まるばかりだ。そうした中、政府では需要家保護などの観点から、小売電気事業者の経営の安定化が重要テーマに挙がっている。

 エネ庁の電力・ガス基本政策小委員会は7月にまとめた 「今後の小売政策の在り方(中間とりまとめ)」 の中で、小売電気事業者の市場ボラティリティ(変動)に対する耐性を計測する「ストレステスト」の導入検討を盛り込んだ。ストレステストとは、高騰や暴落など市場に不測の事態が発生した場合を想定して、損失の度合いや損失回避策をあらかじめシミュレーションしておくリスク管理手法を言う。

政府は小売電気事業者に「ストレステスト」を要請
政府は小売電気事業者に「ストレステスト」を要請
図1●エネ庁がリスク管理規制を提案(出所:電力・ガス基本政策小委員会、マーカーは著者による加筆)

 さらに、電力・ガス取引監視等委員会は8月の 制度設計専門会合(第76回) で、エネ庁の議論を踏まえつつ、小売電気事業者の登録審査段階や事業開始後に市場リスク分析やリスク管理体制の構築を求める案を提示した。

小売電気事業者への登録段階でリスク管理体制を審査
小売電気事業者への登録段階でリスク管理体制を審査
図2●監視委員会の方向性①(出所:制度設計専門会合、マーカーは著者による加筆)

事業開始後は「資金」と「リスク管理運用」をチェック
事業開始後は「資金」と「リスク管理運用」をチェック
図3●監視委員会の方向性②(出所:制度設計専門会合、マーカーは著者による加筆)

海外電力のリスク管理は金融を上回る

 では、なぜ、このような体制整備が必要なのか。小売電気事業者のリスク管理が目指すものが何なのか、改めて考えてみたい。

 本コラムでは昨年10月、銀行業がグローバルでリスク管理の仕組みや自己資本比率規制を導入してきた経緯を題材に、電力市場におけるリスクマネジメントの在り方を説いた(「電力市場リスクマネジメントガイドラインの意義を考える」参照)。

 この記事では、国際的な銀行行政がリスク管理を共通言語にする必要性を認識し、その後、海外では他の産業でも同様のリスク管理体制を整備する動きが広がったことを説明した。

 日本の有価証券報告書に相当する「米国年次報告書」(Form10K)は、米証券取引委員会(SEC)の規則である「レギュレーションS-K」(Item 305)に基づいたマーケットリスクの開示を定めている。この情報開示規制のポイントは、金融機関だけでなく、市場リスクを負っていれば一般の事業会社も規制対象としていることだ。

 日経エネルギーNext電力研究会のメンバーが20年ほど前に海外電力会社を見て回った際、既にBIS規制が導入された金融機関と同等か、金融機関以上に繊細なリスク管理が現場で動いているのを見て仰天したという話もある。

 ちなみにBIS規制とは、金融機関の財務の健全性を担保するためにBIS(バーゼル銀行監督委員会)が定めたルールで、国際業務を行う銀行の自己資本比率は8%を超えていなくてはならないというものだ。国際業務を手がける銀行と電力会社が、海外では20年も前から同等のリスク管理をしていたことを考えると、日本の電力業界のリスク管理は遅れているどころの話ではないことが分かるだろう。

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