気象庁は激甚化する豪雨の被害を食い止めようと、2030年までに予測精度を大幅に向上させるための取り組みを行っています。その一環で、2021年から大雨による災害発生の危険度が急激に高まったときに発表する「顕著な大雨に関する情報」の中で線状降水帯の発生を知らせるようになりました。さらに、2022年には線状降水帯の発生予測の発表を開始しました。今年も線状降水帯による甚大な被害が発生し、対策はまったなしの状況です。
 「線状降水帯」という言葉の名付け親、気象庁気象研究所 台風・災害気象研究部の加藤輝之部長に線状降水帯の発生予測の最前線を聞きました。

[連載]気象研究所インタビュー

ーー前回は線状降水帯が発生するメカニズムを聞きましたが、今回は線状降水帯の発生予測について教えてください。現在、どの程度の精度で発生を予測できるのですか。

加藤部長 気象庁は「線状降水帯予測の適中率は4回に1回程度」と発表しています。実際に去年の出水期(大雨で河川が増水しやすい時期)に線状降水帯の発生を予測した13回中、実際に発生したのは3回で、運用開始前の想定とほぼ同程度の予測精度であることが分かりました。

 また、呼びかけを行った13回のうち、線状降水帯は発生しなかったものの3時間雨量150ミリ以上の集中豪雨となったのが2回。140~150ミリの豪雨となったのが2回ありました。線状降水帯の発生予測が出た時は、大雨災害の危険度が高まっているとみて間違いありません。

2022年度出水期の線状降水帯予測の適中は「13回中3回」
2022年度出水期の線状降水帯予測の適中は「13回中3回」
表1●線状降水帯予測の実績(出所:気象庁のデータを基に著者作成) 

ーー大雨が夜間に発生すれば避難に遅れが出る恐れがあるため、発生しやすい気象状況を早めに知らせることには大きな意味があると考えています。同時に、線状降水帯は予測が難しいことも分かりました。

加藤部長 線状降水帯は発生すると大きな災害をもたらすことがありますが、それほど頻繁に発生するものではなく、発生パターンも多種多様で、発生を的確に予測するのはかなり難しいと考えています。

 天気予報はスーパーコンピューターを使って、大気の流れ、雨を降らせる積乱雲の動き、太陽からの熱といった様々な物理現象を表す方程式の集合体である「数値予報モデル」を使ってシミュレーションします( 詳細は連載第1回参照)。

 線状降水帯予測が難しい最大の要因は、日本列島周辺から流入する下層水蒸気の観測データが非常に乏しいことです。下層水蒸気とは、高度1km付近までに存在する水蒸気のことで、大量の下層水蒸気が線状降水帯を発生させるのです。数値予報モデルで積乱雲の動きを予測するためには、初期値となる大気状態、特に下層水蒸気の状態を的確に作成することが必要ですが、これができないのです。

 数値予報モデルを動かすための計算能力の不足という課題もあります。気象予報では、地上を正方形(メッシュ)で規則正しく区切り、その正方形単位で予報を行います。線状降水帯を構成する積乱雲をある程度表現し、予測するためにはメッシュをより細かくした数値予報モデルが必要です。

 具体的には、メッシュを1km以下にすることが望ましいのですが、そうすると非常に大きな計算能力のあるスーパーコンピューターが必要となります。気象庁では1kmメッシュでモデルを動かす実行環境の整備を現在進めていますが、それ以上の分解能を持つモデルの計画はまだありません。より高い分解能を持つモデルを運用することができれば、線状降水帯の発生予測の精度を高めることができると考えています。

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