路上で装置を停止するディフィートデバイスについて

 ドイツVolkswagen(VW)社が行った「台上試験モード狙い撃ち型ディフィートデバイス」は論外です。これは、シャシーダイナモ台上での排出ガス試験モードでは排出ガス装置が正常に作動し、路上走行の時は同装置を停止させるものです。とはいえ、これを防止するために、気象条件や路面状態、渋滞状態など運転条件が一定しない路上で試験することは非現実的です。路上状態を台上で完全に再現することが必要で、技術的にそれは可能です。

 VW社が使った方法である、「ハンドルを切っているときは装置を停止する」ディフィートデバイスに対しては、台上でもハンドルを切りながら運転してみることで不正を発見できます。また、「アイドル輪(駆動輪でない方の車輪)が回転しているときは装置を停止する」ディフィートデバイスに対しては、全輪を回しながら運転する台上試験装置に変更することで不正を防げます(注:現在のシャシーダイナモによる試験装置は駆動輪だけローラーに乗せ、アイドル輪は台に固定している)。

装備品のスイッチを入れたら装置が停止するディフィートデバイスについて

 1970年代に米国のある自動車メーカーが、ラジオ連動スイッチング装置(ラジオを入れたら排出ガス装置を停止する)によるディフィートデバイスを装着したことがあります。そのため、車両に装着されているエアコンやライトなど全ての車内装備のスイッチ類を、一度はONにして排出ガスを測定してみることも必要です。

エンジン技術者は企業人から地球人へ

 私は1970年代の排出ガス規制強化の時代に青・壮年期を過ごしました。排出ガス低減技術の開発を行い、埼玉県熊谷市にある運輸省(現国交省)や、米デトロイト市近くのアナーバー市にある米国環境保護庁(EPA)のテストラボに、排出ガス認証受験車を持ち込んで認証受験する仕事をしていました。

 しかし、私は本来エンジン技術者だったのです。エンジン技術者の使命は「エンジンが持てるポテンシャルを極限まで引き出す」こと。ところが、排出ガス低減技術はEGRにしても点火時期遅らし技術にしても燃料調整技術にしても、エンジンのポテンシャルを「引き下げる」ことばかり。技術者使命に照らして精神的に耐えがたい仕事でした。そのため、日産自動車のキャシュカイのような手法やVW社のような手法、米国自動車メーカーのような手法がたくさん頭をよぎりました。しかも、「メーカーのお膳立てで審査する」日本向け自動車であれば、それらの手法を実行することはその気になればいともたやすいことでした。

 辛うじて実行を踏みとどまったのは、既に地球環境破壊が現実になり始めた20世紀末に「技術者は企業人から地球人へ」なるべきだと発想を転換したからです。世界中の排出ガス低減技術者も大半はエンジン技術者だと思うのですが、依然として「企業人」にとどまっている技術者が多いのではないでしょうか。そうした技術者は必ず「隙あらばディフィートデバイスを装着しよう」と考えるはずなので、まだしばらくは鉄壁の「ディフィートデバイス防止基準」を設ける必要があります。

 これまでの私の論評(三菱自動車の燃費不正、国交省の職責を問う三菱自動車の燃費不正、事態を矮小化してはならない不可解な技術的説明、スズキに立ち入り検査を実施すべし「ディフィートデバイス防止基準」を国交省に提言) を読んで、私が「徹底的な性悪説」に立っていることに不快感を持たれる方がいるかもしれません。私も「人を信用する」という性善説でものを考えたい。その方がよほど気持ちがよいですから。役人も会社員も技術者も、基本的には善良な市民だと思っています。しかし私は自分中心ではなく他人中心でものを考える主義なので、他人に害を与えないようにするために、いかに自分が気持ち悪くても意識的に性悪説に立つようにしています。

 この原稿を書いているうちに、英FCA社(Fiat Chrysler Automobiles社)のドイツにおけるディフィートデバイス疑惑情報が飛び込んできました。走行モードの規定走行時間が20分なので、22分に達したらEGRを停止する装置です。ディフィートデバイスは「浜の真砂は尽きるとも…」の世界かもしれませんが、全ての企業・産業は早く「真の消費者尊重」に変わっていってほしいと思います。

■変更履歴
記事掲載当初に「10・15モード」としておりましたが、正しくは「10・11モード」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2016/5/25 16:24]