燃料電池の代表的な構造はセルを積層する「スタック」だが,各セルの間に挟んで,燃料ガスや空気を遮断する役割を果たす板状の部品がセパレータである。各セルをシールする機能のほかに,ガスが流れる流路を作りこんで,燃料ガスや空気を送り込む機能を担う。他に,電動性,耐食性,熱伝導性などが要求され,材料特性面では調整の難しい部品である。
セパレータの製法としては,初期のプロトタイプで使われていた「手作り品」と,実用化・量産化を目指して検討が進んでいる「成形品」の二つに大別される。成形品では,様々な要求性能を満たした上で,成形サイクルタイムを短縮していかにコストダウンするかかが課題になっている。
「手作り品」の製法はさらに二つに大別できる。一つはセルロースにフェノール樹脂を染み込ませて焼結したガラス状カーボンと流路を作り込んだ多孔性カーボンを組み合わせたもの。もう一つは,半導体用のるつぼでμmオーダーの気孔にしてフェノール樹脂を含浸させた等方性カーボンである。等方性カーボンは,切削性が良いために直接流路を作り込め,セパレータと流路部を一体化できるためにコンパクトであり,初期の試作車向けによく使われた。いずれの場合にも,流路を一枚一枚NC工作機械で切削しており,多大の工数とコストがかかる。
カーボン系と金属で検討進む「成形品」
「成形品」は金型を使う製法であり,量産性が高くコストダウン可能になる。材料面ではカーボン系と金属の両面で検討が進んでいる。樹脂は軽量性,金属は小型化できる点がメリットである。
このうちカーボン系は,天然黒鉛を膨張させて成形する手法とカーボン(人造黒鉛)に樹脂を混ぜて成形する手法の二つに大別できる。
金属の中で最も可能性があるといわれているのはステンレス鋼である。ステンレス鋼の不動態被膜によって耐腐食性に優れるのが特徴である。しかし一方で接触抵抗を高めるために,導電性の材料をコーティングする必要がある。または,ステンレス鋼単体で接触抵抗を低くできるように導電性の析出物を分散させる方法などを各社検討している。
金属の中ではアルミニウム合金も候補には挙がっているが,メッキを施してもピンホールから局部腐食を起こす問題がまだ解決できていない。
燃料電池自動車向けのセパレータとしては,「金属派」と「カーボン派」に分かれる。金属では,ステンレス鋼板のプレス成形で,カーボンは圧縮成形か射出成形で流路を形成する。金属は薄さ,カーボンは軽さが特徴である。カーボン系の技術課題は,成形サイクルタイムを高めること。ステンレス鋼板を使う場合は,表面に酸化膜(不動態膜)を作るので耐腐食性は高いが,表面に酸化膜があるため導電性が低いので,耐腐食性と導電性を両立させるのが技術課題である。
ホンダ,ダイムラーは「金属派」
【図1】ステンレスセパレータを使って4割の小型化を達成したスタックを搭載した燃料電池車「F600 HYGENIUS」(Mercedes-Benz)
自動車メーカーの動向を見ると,金属派の代表はホンダで,住友金属工業製のステンレスを自社製スタックに採用している。このセパレータは表面コーティングなしで耐食性を向上させているのが特徴だ。ステンレスがるつぼの中で溶けている段階で大量のある物質を入れ,ステンレスが固まる際にその物質が析出物を作り、金属内に均一に分散させる手法を開発した。この析出物が接触抵抗を低めることで,不動態被膜を持ちながら接触抵抗を下げることに成功したのである。
DaimlerChrysler社も「金属派」であることを表明した。同社は2005年の東京モーターショーで,4割小型化したスタックを搭載したコンセプト車「F600 HYGENIUS」を出展した(図1)。従来使っていたカーボン系材料をステンレスにすることにより達成した。ステンレス製のセパレータは1枚が0.15mmと非常に薄く,一つのセルでは1mm程度の厚さにしかならない,という。
日産は「カーボン派」,トヨタは?
【図2】樹脂系のセパレータを使ってセパレータを薄型化したスタック(日産自動車
「カーボン派」だと見られるのが日産自動車である。同社は2005年2月に開催した報道関係者向けの先進技術説明会でセルピッチ(直列接続したセル同士の間隔)を40%程度短くて薄型化を達成したという自社開発のスタックを披露した(図2)が,カーボンと樹脂の複合材料を圧縮成形で製造しているという。
金属,カーボンの両方を検討中でまだどちらとも表面していないのがトヨタである。同社の選択でどちらの材料が主流になるかが決まると思われる。
部材メーカーもセパレータ材料の開発を活発化させている。ここでも「金属派」と「カーボン派」に分かれる。
「金属派」:コーティング材やクラッド材に工夫
「金属派」では,前述の住友金属工業のほか,最近では大日本印刷(DNP)のように本来金属材料メーカーでない部材メーカーも参入して来た。同社は,関西ペイントと共同で,表面に貴金属でなく樹脂をコーティングする技術を開発,2005年12月にサンプル出荷を開始した。
耐食性の高い金属と導電性の高い金属を組み合わせたクラッド材を開発したのが大同特殊鋼である。同社は,「ナノクラッド(商品名)」について,2004年12月に最大10t/月規模の製造設備の設置を完了したことを明らかにしている。セパレータ用素材で世界最高水準の耐食性能・導電性能を持つという。
流路を加工する必要があるために,加工メーカーも参入している。例えば,平井精密工業(本社大阪市)は,エッチング加工で製造した金属製セパレータのサンプルを「第1回国際燃料電池展」(2005年1月19日~21日,東京ビッグサイト)に出展した。「プレス加工で造るよりも流路の形状精度が高い。1桁くらい違ってくる」(同社)という。
「カーボン派」:サンプル出荷開始,材料開発も進む
一方,「カーボン派」としてサンプル供給を活発化させているのがFJコンポジットと精工技研である。両社は,カーボン・樹脂の複合材料と成形技術を共同開発している。現在,電機メーカー,自動車メーカー約20社ほどにサンプル供給している。精工技研は約1億円かけて新製造法による試作ラインを設置することを決めたほか,FJコンポジットも独自の試作ラインの設置を検討中である。
また昭和電工は,(1)セパレータに最適化した黒鉛微粉を開発し高い導電性を実現,(2)黒鉛微粉とバインダ樹脂の複合化技術,(3)15秒/枚で成形できる高速成形法---の三点の要素技術を盛り込んだ「カーボン樹脂モールドセパレーター」を開発したと発表した。