用語解説

 鋼にクロム(Cr)を添加すると,鋼の表面にクロム・鉄合金の不働態皮膜ができ,耐食性が大幅に向上する。この不働態皮膜を利用したのが,耐食性に優れたステンレス鋼である。

 実際のステンレス鋼には,さまざまな鋼種があるが,基本的にはフェライト系,マルテンサイト系,オーステナイト系の3種類に大別できる。よく使われる通称18-8ステンレスは,18質量%のCrと8質量%のニッケル(Ni)を添加したもので,オーステナイト系の代表である。JIS(日本工業規格)ではSUS304と表記される。

 フェライト系は,一般にCrを16~18質量%と多く含む鋼で,マルテンサイト系はCrを11.5~14質量%含む鋼である。どちらも硝酸溶液に対する優れた耐食性を示す。ところがフェライト系とマルテンサイト系は,塩酸や硫酸などに対する耐食性は劣る。硝酸は酸素を供給するので「酸化性酸」と呼ばれ,表面の不働態化を促進するので強いが,塩酸や硫酸などは非酸化性酸だからである。これに対して,オーステナイト系は酸化性酸だけでなく非酸化性酸に対しても良好な耐食性を備える。

 オーステナイト系はオーステナイト単相のステンレス鋼である。複数の相があると,局部電池効果が働いて耐食性が劣化するからである。Niは鉄に固溶して高温相であるオーステナイト相を安定化する元素である。理論的には,Niは18質量%Crに対して10質量%添加しなければならないが,ステンレス鋼製造時に比較的速く冷却することで準安定ではあるが8質量%Niでもオーステナイト単相になる。

 ただし18-8ステンレス,つまりSUS304は強い冷間加工を加えると準安定のオーステナイト相が一部マルテンサイト相に変化し,加工硬化が大きく進む。非磁性から磁性を持つようにも変わる。この点は設計時に考慮しておくべき項目である。

供給・開発状況
2005/11/18

《供給動向》「2006年問題」に頭痛めるステンレス業界

 鉄鋼材料全般についてみると,自動車や造船の需要が旺盛で需給が逼迫しているが,その中で,ステンレス鋼は2005年に入って厳しい局面を迎えている。ステンレス協会のまとめによると,2005年1~6月期のステンレス鋼板の内需(受注量)は77万4582tと前年同期比12%減となった。内訳は内需が12・3%減の57万4844t,輸出は11.6%減の19万9738tである。

 さらに,「ステンレスの2006年問題」と業界では言われる,中国や韓国における工場新増設ラッシュが2006年に入って続き,供給過剰と価格下落が心配されている。経済産業省やステンレス大手が共同で作成した「東アジアにおけるステンレスの需給見通し」という資料によると,2008年のステンレス鋼の生産能力(粗鋼ベース)は1851万tと,2004年に比べ66%も増えると試算している。ステンレスは主に,電気炉で生産できるために,高炉で生産する鉄鋼材料に比べて技術的なハードルが低く,設備投資額も少ないからである。中国や韓国各社は日本市場を狙っており,2006年に向けて輸入が増加すると見られている。

 国内各社はNiなど原料価格が高騰してきたことからこれまでステンレス鋼材価格を引き上げてきたが,こうした供給過剰の状況の中で,すでに安値取引が始まっていると見られている。このため各社は価格低下を防ぐために,減産に乗り出しているが,減産だけで危機は乗り切れそうにない,というのが大方の見方である。

《開発動向》新素材,新用途の開発盛ん

 こうした供給面での危機を乗り越える重要な方策の一つが新素材の投入である。ステンレス鋼というとコモディティ材料の典型と見られがちだが,最近新素材開発のニュースが相次いだ。

ステンレス各社,二律背反の特性を両立させた新素材を開発

 例えば大同特殊鋼は,硬さと耐食性を高次元で両立させたステンレス鋼を開発した。ステンレス鋼としては最高レベルのロックウェル硬さ60HRCで,耐海水用鋼として最も広く使用されているSUS316級の耐食性を持っている。耐食性を高めるために必要な窒素を,従来製法と比べて多く添加できる鋳造法を開発することで「世界最高」(同社)の耐食性を実現した。2005年秋に,自動車部品や半導体製造装置部品向けにサンプル出荷を始める。軸受や圧力・流量制御バルブなどに向き,2007年度には5億円の売り上げを目指している。

 また住友金属工業は住友金属直江津と共同で,従来品よりも高い強度と優れた加工性を併せ持つステンレス鋼薄板「NAR-301 SS1」を開発した。電機製品のばね部品に向く。一般に,強度と加工性の両立は難しいとされているが,微細な結晶粒組織を安定的に生成する新製法によって実現した。既に一部顧客向けにサンプル出荷を始めており,順次サンプル出荷対象を拡大していくという。

「iPod nano」の筐体に採用

 応用面では,自動車の排気管や建設分野などの大型用途に加えて,デジタル家電の製品の付加価値を上げるためにステンレスを使う例も見られる。

 例えば,米Appleが2005年9月7日に発表した超小型軽量の音楽プレーヤー「iPod nano」の筐体は7mmと薄いが,ステンレス鋼を採用している(図1)。薄型を達成するための強度に加えて,ステンレスの持つ光沢が製品の魅力の一つになっている。

FPDのフレキシブル化に貢献

 次世代を狙うハイテク製品の開発でもステンレス鋼は重要なキー材料となっている。その代表例が,第一にFPD(フラット・パネル・ディスプレイ)や電子ペーパーにフレキシブル性を持たせる材料として,第二に燃料電池のキーデバイスであるセパレータの小型化と低コスト化を達成する材料としてステンレス鋼は期待されている。

 例えば,韓国LG.Philips LCD Co.,Ltd.は,10.4インチ型の曲がる電子ペーパーを開発したが,TFTをステンレス基板上に形成することで,曲げることを可能にした。画素数は800×600。米E Ink Corp.が開発する電気泳動型の電子インクに,LG.Philips LCD社のTFTを組み合わせた。ステンレス基板の厚みは100μm以下と薄く,モジュールの全体の厚みは300μmである。2007年の量産を予定する。読書端末だけでなく,新たな用途も開発していきたいという。

 また韓国Samsung SDI Co.,Ltd.も,4.1インチ型の曲がるアクティブ・マトリクス型有機ELパネルを開発したが,柔軟性を持たせるため,低温多結晶Si TFTを形成したステンレス箔基板を利用した。

 曲がる有機ELパネルに向けては,プラスチック基板を利用する方法もあるが,有機EL材料は水分や酸素に弱いため,水分透過率が高いプラスチック基板を利用する場合は,高度なバリア技術が必要になってくる。これに対しステンレス箔基板は「水分や酸素を透過しにくく,特別なバリア技術は必要ないという利点がある」(同社)という。また,プラスチック基板に比べてより高温のプロセスに適用できるのも特長で,TFTを直接形成できる。

燃料電池セパレータの小型・低コスト化の切り札

 自動車や家庭用コージェネレーションで実用化の検討が進む燃料電池の課題の一つは低コスト化。コストアップ要因の一つがスタックのセル間に挟んでセル同士を遮断する役目をする「セパレータ」である。現在,カーボン材料そのもの,またはカーボンを添加した樹脂材料の成形法が主流だが,さらなる小型化と軽量化を可能にする材料として開発が活発化しているのがステンレス鋼である。

 特に注目を集めたのが,ホンダが住友金属工業が材料を供給するステンレス製セパレータを自社製スタックに採用したことである。このセパレータは表面コーティングなしで耐食性を向上させているのが特徴。ステンレス中に微細な導電性の高い粒子を分散させ、これがところどころで酸化膜の表面に顔を出すようにして導電性を確保した。

 最近でもセパレータ向け新ステンレス鋼および製法の発表が相次いでいる。例えば, 大日本印刷(DNP)は,関西ペイントと共同で,燃料電池向けの安価なステンレス製セパレータを開発した。表面に貴金属でなく樹脂をコーティングするのが特徴で,サンプル出荷開始は,2005年12月の予定。モバイル機器メーカー,自動車メーカーや家庭用分散電源メーカーと共同で特性を評価,コーティング剤を改善して,2007年の量産化を目指す。

 今回DNPが開発した新型金属セパレータは,ステンレス鋼の基材に流路を形成した後,貴金属の代わりに,DNPが関西ペイントと共同開発した導電・耐腐食性樹脂材料を,電着法でコーティングする。DNPは,半導体部材の製造工程,レジストを塗布する技術で,電着技術を確立した。今回,電着法を採用したことにより,基材の凹凸部や端面などにも樹脂を均一にコーティングできるようになった。また,樹脂を使ったことにより,貴金属めっきしたセパレータに比べて,表面処理のコストを約50%削減できた。通常のカーボンセパレータや,貴金属をめっきした金属セパレータと同等の導電性,耐腐食性を持つ。

 また,2005年1月に開かれた第1回国際燃料電池展では,各社が炭素系とステンレス系のセパレータを競うように出展していた。ステンレス系の新顔としては,日立電線が開発中のステンレス製セパレータを展示していた。表面に耐食性のコーティングを施すことで酸化膜ができないようにしており、耐久性についてはほぼ問題ないレベルに達しているという。

ニュース・関連リンク

大同特殊鋼,多量の窒素を添加することで「世界最高」の耐食性を実現した高硬度ステンレス鋼を開発

(Tech-On!,2005年11月10)

住友金属,強度と加工性を両立させたステンレス鋼薄板を開発

(Tech-On!,2005年11月7日)

大日本印刷,関西ペイントと共同で燃料電池向け低価格金属セパレータを開発

(2005年11月2日)

【東京モーターショー】DaimlerChrysler社、燃料電池を4割小型化した「F600 HYGENIUS」コンセプト

(2005年10月19日)

【FPD】ステンレス基板の曲がる電子ペーパー,LG.Philips LCD社が展示

(2005年10月19日)

【続報】NECはどうやって超薄型折り畳みケータイを作ったか

(2005年9月21日)

開けてビックリ「iPod nano」,Apple社のこだわりが随所に

(2005年9月13日)

【SID】ステンレス箔基板を用いた曲がる有機EL,Samsung SDI社が開発

(2005年9月21日)

【燃料電池展】コストで攻める炭素か、薄さが魅力の金属か、燃料電池セパレータの本命を競う

(2005年1月19日)