日本メーカーが中国やインドなどの新興国市場の攻略に本腰を入れ始めた(関連の動向をまとめた『日経エレクトロニクス』の6月28日号特集「いざ新興国,日本流で挑む」はこちら)。今後,国内技術者が開発した製品の顧客の本流は,先進国から新興国に急速に移りそうな勢いだ。
 ただ,新興国では先行する韓国や現地のメーカーが行く手に立ちはだかる。先進国を上回るスピードで動く新興国市場で日本企業は何を目指すのか。その取り組みを追う。第2回の今回は,ソニーの中国統括会社,Sony(China) Ltd.で薫事・総裁を務める永田晴康氏が語る同社のテレビ戦略。
(第1回の「組み込みベンチャーがアジアで感じたスピードの差」はこちら

 2009年の暮れに中国で約3000元(約4万円)の32型液晶テレビを発売しました。日本では価格だけを見て「安い」と取り上げられてしまいがちですが,中国では決して安い商品ではありません。32型テレビで最も低価格な機種は2200元程度から店頭に並んでいます。そこから4000元を超える値付けの機種まで価格には幅があるのです。

 低価格の大画面テレビを投入したのは,決して戦略の転換ではありません。過去を否定したわけではなく,製品ラインを拡充する中でソニーが持っていない機種を追加しただけ。その価格帯の商品が欲しいと思っている顧客がたくさんいる。だから開発したのです。

「ソニーブランドは無縁」と思われないように

 中国のテレビ市場が他の国や地域と最も違う点は,日本や韓国,欧米の外資系メーカーだけが競争相手ではないということ。市場シェアの過半数を占める中国メーカーとの激しい競争が繰り広げられています。

約3000元の32型液晶テレビを投入
ソニーが2009年末に中国で発売した32型液晶テレビ「KLV-32BX205」。約3000元の価格が話題を呼んだ。現在,ソニーの直営店などでは3299元で販売されている。
[画像のクリックで拡大表示]

 CRTテレビの時代には,中国メーカーが外資系を凌駕しました。なにしろ,市場シェアの9割を中国メーカーが占め,残りを外資系メーカーが分け合う状況だったわけです。

 薄型テレビの時代になって競争の枠組みが変わり,外資系メーカーは強くなりましたが,それも長くは続かなかった。中国メーカーのシェアが6~7割と,外資系を上回っているのが現状です。

 1年ほど前,他のテレビ・メーカーが3000元以下の価格帯の32型テレビをそろえる中,同じサイズで最も安いソニーの液晶テレビは4500元でした。さすがに価格差が5割あると,同じ土俵で勝負するのは難しくなります。

 もちろん,中国は裕福な生活者だけでも人口は多い。「32型・4500元」のテレビでもコンスタントに売れるのは確かです。ただ,買ってくれるのは初めて薄型テレビを購入する顧客ではありません。1台目に50型以上のテレビを購入して,2~3台目として32型を買っていく。そうしたイメージの富裕層が多い。

 2009年に入り,地方都市と周辺の農村部で購買力が高まってきました。社会格差をなくそうと考える中国政府の方針もあり,地方の小都市で中間所得層が増えています。内陸部の農村地帯に目を転じれば,まだ所得は低いけれど購買意欲が強い生活者が少なくない。

 ただ,地方都市で他のメーカーよりも5割高い商品を投入すると「ずば抜けて高額」というイメージになってしまう。地方には,初めてソニー製品に触れる生活者がいます。そうした生活者に「ソニーブランドは無縁」と思われない価格帯で製品を提供する必要があるのです。購買力に合わせた価格帯を用意することで,ソニー商品を扱う販売店が増える効果も大きい。

 これは分かっていましたが,2009年にソニーは我慢しました。

 他のテレビ・メーカーが次々と低価格機を投入する中,価格競争には加わらない姿勢をあえて貫いたのです。