エネット 代表取締役社長 武井務氏
エネット 代表取締役社長 武井務氏
[画像のクリックで拡大表示]

 米国を中心とした次世代電力網「スマートグリッド」についての話題が絶えない。米国版スマートグリッドの中核は,送電網の大規模な新設よりむしろ,「スマートメーター」の大量導入にある。スマートメーターとは,ユーザーの電力利用量をネットワーク経由でリアルタイムに把握したり,必要に応じてユーザーの各種電気製品の消費電力を制御したりする機能を備えた電力メーターのことだ。米国では,この新市場に,これまでは情報通信システムを開発,販売していたいわゆる「IT企業」が大量になだれ込んでいる(関連記事日経エレクトロニクスの特集記事11月5日発売の「Smart Energy」)。その多くは,インターネットで培った技術を電力網の制御に応用しようとしているのである。

 この米国版スマートグリッドに近いサービスを日本で10年近く前に始めようとした会社がある。NTTファシリティーズと東京ガス,大阪ガスが共同で2000年に設立した新興の電力会社「エネット」だ。同年の電力サービスの一部自由化を機に,情報通信技術を生かした新しい電力サービスの提供を目指して,既存の電力会社の牙城に切り込んだ。それから9年経った今,「夢」と現実に違いはあったか,スマートグリッドを本物にする上での課題とは何か,などについて,NTTおよびNTTファシリティーズ出身で,現在はエネット 代表取締役社長の武井務氏に話を聞いた。

――情報通信技術を基にした,新しい電力サービスを提供するという当初のミッションは実現できているか。もしできていなければ,エネットは,今どのような事業で収入を得ているのか。

武井氏 残念ながら出来ているとはいえない。現在は,約100カ所ある東京ガスや大阪ガスの火力発電所で発電した電力や,既存の電力会社の余剰電力などを買い付け,それを工場や一般企業,マンションのディベロッパーなど電力の大口ユーザーに販売している。電力網などは既存の電力会社のインフラを利用しており,電気に物理的にタグを付けるということはできない。代わりに,電力網に投入した電力とユーザーの利用した電力を時間的に対応させる,言わばバーチャルにヒモ付けすることで,ユーザーとの取り引きを成立させている。具体的には,数千件の契約ユーザーが利用した電力量を30分ごとに,データ・センターに設置した数台のサーバー機に収集し,需要の予測を加えて,適切な出力の電力を電力網に入力するということをしている。

 取り引きしている電力は約2GW,1300億円規模のビジネスになっている。ただし,その実態は,ほとんど利益が出ないボランティアのような事業だ。既存の電力会社からの余剰電力は,電力会社が値引いてくれないので,高く買って,本来の価格マージンの分を削り(ユーザーに)安く売っているためだ。おまけに,30分単位でつき合わせる,電力網に投入した電力量とユーザーの利用電力量のズレが3%以上になると,既存の電力会社に高額のペナルティ料を課せられて大赤字になってしまう。今は収支こそ赤字ではないが,新規の設備投資は容易ではない。

――通信では,「ラスト・ワン・マイル」と呼ばれる基幹網とエンド・ユーザーをつなぐ通信線を,新規参入事業者が独自に敷設する動きが一時盛んになった。電力網でそういうことはないのか。

武井氏 電力ケーブルの新設は,日本にとっての2重投資となりコストの無駄になるので考えていない。電力サービスで,通信の自由化に相当するのは,ユーザーの電力メーター情報の開放だ。現時点では,我々の顧客となる大口ユーザーであっても,電力メーターはすべて既存の電力会社の管理下にある。我々の取り引きに必要な情報は,このインフラを握る電力会社を通して間接的に得ているのが実情だ。仮に,電力メーターの情報を我々が直接読みにいけるようになれば,ユーザーの電力需要がリアルタイムに分かるようになり,本当の電力の自由化実現に近づく。

 情報通信技術を基にした「スマート化」は,本来は今日であればできていて当然で,実現していない方がおかしい。現実には,日本の多くの電力メーターは,電力会社の従業員が1カ月ごとにチェックしてようやく利用量が分かるようになっている。ただし,(大口ユーザーの)電力メーター情報の開放は,世論の後押しさえあればすぐにでも実現できる。

――電力メーター情報が開放されると,セキュリティ上問題があるという声があるが。

武井氏 何も部屋の中のどの機器を使っているか,といった情報を出す必要はなく,通信でいうファイアー・ウォールに相当する機能を利用して必要な情報だけに絞って開示すればよい。現在,米国ではスマートメーターとエアコンや照明機器など家電製品間のインタフェース仕様も標準化されつつある。日本でも同じことをするなら,日本独自ではなく,グローバル・スタンダードなものにしてほしい。