前回は,計測器を操作して計測結果を得ることよりも,結果に至る過程の理解が重要なことを簡単に示しました。今回は,合否結果のみに注目しがちな高速データ伝送の規格認証試験を題材にして,計測技術の原理原則を知ることの効用を具体的に説明します。(連載の目次はこちら

 高速データ伝送技術の認証試験の重要性と計測技術の難易度は,対になって増大しています(図2)。認証試験の重要性を増大させている要因は,電子産業の潮流を示すキーワードである「ネットワーク化」「水平分業化」と関連しています。

図2 規格認証試験の計測技術を取り巻く外部環境
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 まずはネットワーク化です。さまざまなメーカーの製品,さまざまな機能の機器を相互接続してネットワークを形成するためには,当然接続部の仕様を標準化しておく必要があります。もはや特定メーカーの製品のみでネットワークを構成することは困難な場合が多く,異なるメーカーの機器同士を接続できた方が機器としての価値が高くなります。

 次に水平分業化です。パソコンのみならず携帯電話機やテレビにおいても,部品製造と機器製造を水平分業化するようになってきています。複数のメーカーから必要な部品を集めて機器を構成するためには,部品の切り口を標準化しておく必要があります。

高速化,大衆化,無線化で計測が高度に

 高速データ伝送技術は「高速化」「大衆化」「無線化」の三つのキーワードで進化し続けています()。その結果,対応する計測技術の難易度が増大しています。

図3 高速データ伝送技術の進化軸から見た各技術の位置付け
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 まずは高速化です。数mの機器間をつなぐデータ伝送技術では,HDMI(high-definition multimedia interface)のように差動シリアル通信技術を応用して3.4Gビット/秒まで高速化しました。こうした信号の高速化によって,機器が動作するジッタの許容量などの条件が厳しくなります。この結果,信号の挙動を正確に把握して精密に回路を設計する必要が出てきています。また計測すること自体が,計測対象に対して影響しやすくなるため,計測の難易度も上がります。

†ジッタ=信号の時間軸方向の揺れのことを指します。例えばクロック信号のようなパルス信号の位置や幅がずれたときのずれた量のことです。ジッタが生じる過程は複雑です。生じる要因からランダム・ジッタ(RJ)とデターミニスティック・ジッタ(DJ)に大別されます。このうち,RJは熱雑音などに起因し,ジッタの量と発生頻度の関係が正規分布になります。一方,DJはクロック信号の非対称性に起因して発生するデューティ・サイクル歪み,長い0の後に1が続く場合のような特定のデータで発生する符号間干渉,電源による周期的な雑音による周期ジッタ(PJ),電磁波障害など他の信号からの雑音によって生じるクロストークによって生じます。

 計測に向けた設備投資が増大することも問題になります。計測器の価格は,年々急上昇し,最先端の認証試験に使われるオシロスコープや信号発生器は数千万円にも達します。

 次は大衆化です。基幹網に使われている伝送機器やコンピュータなどに使われている高速データ伝送技術が,仕様を変えて民生機器に応用されるようになっています。こうした機器の大衆化は計測技術に大きく影響を及ぼします。まず,機器をつなぐことに対するユーザー側のスキルが期待できないため,厳密な規格認証試験をしておく必要があります。簡単に言えば,製品を開発する側と使用する側の裁量に任せる部分を減らし,共通部分は増やして相互接続しやすくします。このため,認証試験の計測項目や計測条件は増える傾向にあります。

 また,試験内容は市場での機器の使用状況を反映して頻繁に見直されるようになりました。加えて,外部機関による開発時だけの試験ではなく,メーカーが製造時にも実施できる試験の仕組みを導入するようにもなっています。開発時にギリギリの設計をしなければならない高速データ伝送技術では,製造のバラつきによって規格外の製品を大量に作り出す危険性があります。市場に投入する前の検査や製造技術や調達部品の検討など,さまざまな場面で試験に準じた計測を行います。