電子機器や電子部品を開発する技術者にとって,計測はごく日常的な作業です。しかし,「計測器を操作して計測結果を得られること」と,「計測技術を使いこなしていること」は大きく異なります。計測時に起こっている現象への理解の深さこそ,開発時の力になります。ここでは,合否結果のみに注目しがちな高速データ伝送の規格認証試験を題材にして,計測技術の原理原則を知ることの効用を学びます。(連載の目次はこちら

 電気信号は,そのままでは目で見ることができません。電子機器や部品,ケーブルなどの中での電気信号の様子を生き生きと見せてくれるツールが計測技術です。電子機器や電子部品の開発の成否は,計測の目的と手法をどのくらい深く理解しているかによって決まると言えます(図1)。

図1 規格認証試験の目的と手法を明確に理解して製品開発の競争力を高める
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技術開発の地図とコンパス

 計測技術を使いこなすことができれば,あたかも技術者自らが電気信号になったかのように,機器や電子部品の中で起こっている現象を疑似体験できます。ただし,簡単には疑似体験なんてさせてくれません。計測対象で起こる現象と計測器の挙動の原理原則を知る必要があります。

 技術者にとって,使える計測技術の数は,そのまま開発できる機器の多さにつながります。情報機器,通信機器,民生機器,産業機器など,これまで別の分野に利用されてきた技術が,垣根を越えて相互利用されるようになってきました。計測技術を知らずに異分野の技術の利用を考えることは,地図とコンパスを持たずに知らない土地を旅するようなものです。読者の中にも,専門外の技術を応用した製品開発に戸惑った経験のある人は多いのではないでしょうか。ただ,専門外の技術でも,開発で使った計測技術がよく知っているものだったので,すんなりと適応できたという人も少なくないはずです。

結果に至る過程をたどる

 ところが,「計測の本来の姿を知らないまま,データを収集する単調な作業と誤解している技術者が増えてきている」と指摘する人がいます。とりわけ,「合格」と「不合格」という非常にハッキリとした結果の判定を求める規格認証試験(コンプライアンス・テスト)については,誤解を招く原因の一つになっているようです。規格認証試験とは,標準化団体が実施する規格への準拠を確認するための試験です。

 認証試験に合格することは,市場に投入する機器を開発するメーカーにとっての義務です。しかし,直接製品の付加価値を高めてくれるものではありません。このため,ともすればなるべく手数を掛けずに試験に合格しておきたいと考えるのも致し方ありません。実際,計測技術に関する専門知識がなくても,合否だけならば専用の計測ソフトウエアによって簡単に判定できます。

 しかし,ここで差がつきます。データ伝送技術は,ますます高速化しており,最初の設計で規格に合った動作をさせることが困難になってきています。計測技術を深く理解している技術者は,不具合が発生したときにも改善すべき点を迅速に洗い出すことができます。そして,設計変更や試験のやり直しを最小限に抑えて,開発期間を短縮できます。また,設計マージンを的確に設定したり,逆に規格を超える過剰な品質になっている部分をコスト削減や性能向上に振り向けたりして,競争力の高い製品を作り出せます。結果に至る過程を理解する計測が重要になります。合否判定だけならば簡単にできるからこそ,規格認証試験向け計測には技術者の力量が如実に表れます。