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 2014年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオード(LED)の開発に携わった赤崎勇氏ら3人が受賞した。多くの室内照明が白熱灯や蛍光灯からLED照明に今まさに変わりつつある中、社会へのインパクトの大きさは、物理学に詳しくない一般の人でも分かりやすい。

 ただし、ノーベル物理学賞という賞の位置付けからすると、今回の賞はいくつかの点でこれまでの“伝統”を破っている。一つは、“新理論がない”点だ。これまでノーベル物理学賞は、たとえ実験的成果に対する受賞であっても、背景となる物理学的知見に新しい内容を伴うケースがほとんどだった。例えば、2010年のノーベル物理学賞は、Andre Geim氏とKonstantin Novoselov氏が発見した「グラフェンの画期的作製法の発見」が受賞した(関連記事1関連記事2)。Novoselov氏らは、単なる作製法の発見だけでなく、グラフェン上の電子が「有効質量ゼロの粒子」として極めて特異な振る舞いをすることを予測するなど、理論構築面でも大きな成果を上げていた。

 一方、今回のノーベル物理学賞は、青色LEDに用いる窒化ガリウム(GaN)結晶の作製手法の開発が中核になっている。その後の社会的インパクトは極めて大きい一方で、その結晶を作製できたことで物理学としての理論研究が大きく深まったとは言えないだろう。GaNのようなバンドギャップの大きな材料でLEDを実現できれば、青色で発光することは以前から十分分かっていた。

 そもそもLEDが発光する原理は、半導体のpn接合が作製された1940年代には予測されていた。最初に発光するLEDを作製したのは、米General Electric(GE)社に勤めていたNick Holonyak氏。1962年に赤色で発光するLEDを開発し、1989年のIEEEエジソン賞や1995年の日本国際賞などを受賞している。。Holonyak氏は存命で、今回の受賞に含まれなかったことに違和感を持つ人も出てきそうだ。

 今回の受賞が異例であるもう一つの点は、ちまたに流れていた「開発した技術で大きく成功している人はノーベル物理学賞を受賞できない」という噂を否定する結果になったことだ。こうした例は少しずつ増えてきている。2009年に受賞した「長距離光ファイバーとCCDセンサー」の開発者も(関連記事)もそれに当てはまる。今回と同様、物理学としての新しい知見があまりない例の一つでもある。

 この噂は、“エレクトロニクスのノーベル賞”とも呼ばれる「IEEEエジソン賞(IEEE Edison Medal)」の受賞者が、戦後はノーベル物理賞をほとんど受賞していないことでも補強されていた。ちなみに、東北大学名誉教授の西澤潤一氏は2000年にIEEEエジソン賞を受賞している。今回は、2011年にIEEEエジソン賞を受賞した赤崎氏が、このジンクスをも破った格好だ。

2000年代以降は、応用に直結する技術の受賞が続々

 こうしたノーベル物理学賞の“変化”は、最近の受賞例を見るとより分かりやすい(表1)。戦前は「無線通信技術の開発」などの受賞例もあるが、戦後しばらくは、素粒子物理学や天文学、あるいは物性物理の基礎研究での成果が受賞する例が多かった。

エレクトロニクス産業に直結する技術が受賞したのは、戦後では、トランジスタの開発に対する1956年の受賞、そして江崎玲於奈氏が開発したトンネルダイオード(江崎ダイオード)に対する1973年の受賞など、多くはなかった。

 ところが、Jack Kilby氏らによる集積回路の開発が2000年に受賞したのを皮切りに、画期的なエレクトロニクス技術の開発がそのまま受賞につながる例が続々と出てきた。2005年以後は、1~3年ごとにそうした技術が受賞している。グラフェンは、前述のように実験と理論の境界線上にあるが、次世代のエレクトロニクス技術として大きな役割を果たしそうだ。

 役に立つエレクトロニクス技術の受賞が大幅に増えてきた背景の1つとして、“正統派”の物理学の行きづまりがある。2013年の「ヒッグス粒子の発見」に対するノーベル物理学賞は、Peter W. Higgs氏が約50年前の1964年に提唱した理論を、巨大な加速器で実験的に確認したことが受賞のきっかけである。純粋な理論物理学の研究のはずが、実は膨大な予算と装置に頼った巨大科学に依存する状態になっている。スウェーデン王立科学アカデミーが、“理論”にこだわらなくなっている背景の1つかもしれない。

 エレクトロニクス分野では、他の日本人もノーベル賞級の成果を数多く上げている。ノーベル賞を期待する“10月の楽しみ”が今後もしばらくは続きそうだ。