その惨憺たる歴史に終止符を打ったのが,Amazon.com社やソニーである。なぜ両社は市場の攻略に成功したのか。答えは実にシンプルだ。ユーザーに対して,従来の電子書籍での体験とは明らかに一線を画す,高い利便性を提供したためである。

 特にAmazon.com社のKindleは,「うまい」「安い」「早い」の三拍子を当初からそろえた点で,実に秀逸だ(図3)。まず,「うまい」はコンテンツの充実である。事業を始めた2007年11月の時点で9万ものコンテンツを用意した。これは,国内では地域の大型書店並みの品ぞろえである。コンテンツの数は順調に増えており,現在では28万5000以上に達する。そして,これらのコンテンツの価格を紙の本より50~70%も「安く」設定した。通常,約25米ドルする新刊のベストセラーが10米ドル弱で買える。

図3 Kindleが受け入れられたワケ
図3 Kindleが受け入れられたワケ
Amazon.com社のKindleは,「うまい」「安い」「早い」を同時に実現したことで,過去の電子書籍とは一線を画す利便性の高さをユーザーに提供した。

 Kindle最大の“仕掛け”ともいえるのが「早い」ことである。端末に3G通信機能を内蔵し,いつでも素早くコンテンツをダウンロードできる。しかも,ユーザーは個別に通信回線の契約や通信費用の支払いをする必要がない(第5回「『Kindle』徹底解剖」(2/10公開予定)参照)。これは,Amazon.com社 President,CEO and Chairman of the BoardであるJeffrey Bezos氏が電子書籍事業参入の前に描いた,「どんな本でも60秒以内に手に入れられるようにする」というビジョンを具現化したものだ。面倒な手続きがなく,買いたい本をいつでも安く買える環境をユーザーに提供することで,Amazon.com社は「潜在的な需要を,現実の世界にひきずり出せた」(同社の関係者)。

 ソニーについても同様だ。撤退に追い込まれた国内でのLIBRIéの事業と,米国での事業の最大の違いは,用意したコンテンツの頭数にある。米国で当初,用意したコンテンツの数は1万。LIBRIéを発売した当初の5倍に当たる。現在では10万のオリジナル・コンテンツに加え,2009年3月にGoogle社と提携し,新たに50万以上に及ぶパブリック・ドメインのコンテンツを手に入れた。コンテンツの数ではKindleを大きく上回る。現行の端末に無線通信機能はないが,「無線通信機能を搭載した端末を開発している」(Sony Electronics社の野口氏)という。業界内では,この製品は「Kindleキラー」として,2009年内にも発売されるとみられている。

†パブリック・ドメイン=従来,著作権によって保護されていた著作物が,保護期間を終えて公共財産となり,自由に利用できるようになったもの。

―― 次回へ続く ――