3月7日付本欄に『ある技術系マネジャの夢』と題した一文を書いた。思わせぶりな題名にしてしまったが、書きたかったのは「トレードオフ」についてであった。この言葉は人々をかなり刺激するようで、コラムを読んだ知り合いからすぐに次のような電子メールをもらった。

谷島さん。飲み会の帰りで多少酔っています。そういえば谷島さんは禁酒中でしたか、申し訳ない。さてコラムに登場した方がトレードオフになぜ反応したのか、すごくよく分かるので思わずメールします。私が今おかしいと思っていることが、その通り、トレードオフです。

「○億円儲けろ(私の担当分は△億円)」と言っておきながら一方で「時短をせよ」と言う。時短をせよ、と言いながら一方で「多角的に事業をしなければならない」と言う。「業務改善をせよ」と言いながら、一方で現場の時間を奪う形式的な「改善のための改善」活動を強制する。

「お前な!ふざけんなよ!トレードオフなんだよ!!」。


 この方はある企業で執行役員をされている。○や△には実数が記載されていたが伏せ字にした。「○億円儲けろ」というところを「納期厳守」とか「品質向上」に置き換えると、現場のエンジニアの方々が上司から言われていることになるのかもしれない。

 さて、先日のコラムの中で筆者は次のように書いた。

「トレードオフとは、何かを採用する代わりに、何かを犠牲にすること。(中略)重要な概念なのに、トレードオフに相当する適当な日本語がない。取捨選択とは違う。強いて言えば、異質の要素の利害得失を比較考量することとなろうか」。

 トレードオフという言葉と「日本語訳はなにか」という問いかけがTech-On!読者を刺激したらしく、いくつかのご意見を頂戴した。この場を借りてお礼を申し上げる。そこで今回は、読者からの書き込みに返答しつつ、トレードオフについて引き続き考えてみたい。読者の意見は一部修整した場合がある。日付は意見が書き込まれた時期を示す。筆者の返信文は「である調」で統一した。

「トレードオフ」…いかにも自分が色々と思慮しながら決断して業務をこなしているように思わせる言葉である。しかし記事を読んで、今後、使い方と使う相手を考えてから選ぶべき言葉にしようと思った。(2005/03/09)

 筆者は職業柄、すぐ言葉の定義にこだわってしまうが、重要なのは「色々と思慮しながら決断して業務をこなしてい」くことである。矛盾する要件についてぎりぎりまで「思慮」した上で最後は「決断」する。これがトレードオフの定義と思うが、実践するのは非常に難しい。いくら思慮深くても決断をしなければ仕事は進まないし、思慮なき即断決断は危険である。

漢語の「対極」を当てることにしてはいかがでしょうか。(2005/03/10)

 「稼ぐ」と「時短」はなかなか両立しないから確かに「対極」にある。先に書いたようにぎりぎりまで「対極」を考えないといい結果を生まない。ただ対極まで考えるのは結構疲れることである。筆者はあるテーマについて原稿を書くとき、そのテーマの是非を両極端まで考えてから書こうと心がけているが、なかなか難しい。

重要性には全く同感です。しかし「トレードオフ」は案外、若い世代に馴染んでいるのかも知れないと思います。テレビゲームでは、操るマシンや主人公を選ぶときが、まさにトレードオフの状態だから。限られた予算の中で、スピード重視にするかコーナリング重視にするか、主人公ならば攻撃力重視か防御力重視かを決めなければならないからです。(2005/03/11)

 筆者はテレビゲームが苦手であり、ほとんどしたことがない。とはいえ息子に付き合って「主人公ならば攻撃力重視か防御力重視か」を決めたことはある。面倒なので適当にボタンを押して選んだため、とても「ぎりぎりまで思慮した上の決断」とは言えなかった。息子についても同様、そもそもテレビゲームなんて思慮を欠く馬鹿を増やすだけの代物だ、と言いたいが、ここで「対極」を考えると、息子なりにトレードオフを考えていたのかもしれない。数回闘って常に彼が勝ったからである。

「トレードオフ」に相当する日本語は、「落としどころを決定する」ということかと思いますが、いかがでしょうか。「妥協(トレードオフ)を排してこれを作りました」とお客さんに言った方がウケが良いからトレードオフのことを言わないだけだと。気の利いたお客さんであると「コストは高くても良いから、とにかく早く持って来い」とか、「信頼性はそこそこで良いから安い値段で」とか、向こうから落としどころを指定して来ることもあります。ただし、小中高生といった若い人には「妥協」なんて言わず、できるだけがんばって欲しいというのが、日本の普通のおじさんやおばさんたちの意見かと思います(笑)。(2005/03/12)

イラスト◎仲森智博
 以前トレードオフの日本語訳については人と話していて「落としどころ」が候補に上ったことがある。あくまでも語感の問題だが「日本的な落としどころ」とか「妥協」と言うと「対極をぎりぎりまで思慮した上の決断」という感じが伝わらないように思う。対極をとことん考える人のことを日本では通常「野暮」という。「彼はまだ若い」とか「世間を知らない」とかどんどん妙な方向へ話が行ってしまう。筆者の偏見かもしれないが「落としどころ」と聞くと「根回し」「腹芸」「貸し借り」といった日本のお家芸を想起する。いかがだろうか。

 「コストは高くても良いから、とにかく早く持って来い」「信頼性はそこそこで良いから安い値段で」という顧客は、おっしゃるように賢い。筆者の専門である情報システムの世界では「信頼性はそこそこで良いから安い値段で」という人は時折いるのだが、新聞や役所が「絶対に止まらないシステムを作れ」と叫ぶのでおかしなことになる。

 情報システムは経営戦略にかかわる案件なのでライバルより早く構築することは重要である。筆者は20年間、「コストは高くても良いから、とにかく早く持って来い」という顧客を捜しているが、いまだに遭遇しない。開発者側も「早く納めますから通常の2倍の単価を下さい」とは言わない。

 ところで筆者には小学生と中学生の息子がいる。確かに彼らには「『妥協』なんて言わず、できるだけがんばって欲しい」と思う。「日本の普通のおじさん」になんか成るものか、と思い、ゴルフも携帯電話の利用も拒否しているが、所詮は無理ということであろう。

入社4年目のころ、「設計とは妥協点を探すことです」と言ったものの、あまり理解されなかった自分の経験を思い出しました。トレードオフという言葉を知っているかどうかはともかく、概念としては非技術者の方々も含めて特別なものではないと思います。誰もが知っているトレードオフは「良いものは高い」ですよね。カネが絡むとみんな真剣になるので理解が容易かも知れません。(2005/03/16)

 「デザインの本質はトレードオフ」という正論が通じなかったのは「妥協」と言う言葉が誤解されたのではなかろうか。確かに「良いものは高い」。もっともソフトウエア開発の世界は労働時間で対価が決まるので、天才が半日で作ったものより、馬鹿が半年かけて作ったもののほうが高い。正確に言うと作った人が馬鹿なのではなく、発注した顧客が馬鹿なのである。

顧客に「どんなシステムを作りたいか」を聞くと、やはり「安くて、高品質で、高機能なものを!」と言ってきます。心の中では「軽自動車の予算でベンツの走行性能を求めているよ…」と思いながらも、いつも妥協点を探しています。車みたいなハードウエアは品質が見てわかるので理解してもらいやすいのですが、ソフトウエアは難しいですね。(2005/03/17)

 筆者も「ハードウエアは品質が見てわかるので理解してもらいやすいが、ソフトウエアは難しい」と書いたことがある。しかしTech-On!の読者の方は「ハードウエアも同じだ」と怒るかもしれない。唐突だが雑誌も同様である。読者に「どんな雑誌を読みたいか」と聞くと「安くて、高品質で、高機能(役に立つ)なもの」とおっしゃるからである。

トレードオフって「妥協」ですよね。米国技術者が「我慢する教育」をしているとすれば、それは米国の教育者の間違いでしょう。意外です。日本の子供たちには、そんな教育は百害あって一利もない。日本で創造性をつぶすような教育はやめて欲しい。トレードオフに甘んじていては、技術革新はない。目指すべきは究極の理想だ。妥協することなく、両立してしまうことこそ、頭脳の見せ所なのである。(2005/03/22)

 トレードオフとは前回書いたように「異質の要素の利害得失を比較考量すること」であり今回書いたように「対極をぎりぎりまで思慮した上の決断」である。こうしたことを経た上で創造性を発揮すれば「妥協することなく、両立してしまう」ことが可能になるかもしれない。筆者の説明不足であったが、米国では「トレードオフ」という概念を教え「異質の要素の利害得失を比較考量する」重要性を説いているのであって「我慢する教育」をしているわけではない。米国は日本と違い、創造性を高く評価するお国柄である。

「トレードオフ」に対する用語を無理にこじつける必要はないと思います。「あっちが立てばこっちが立たず」と柔らかく理解しています。「妥協」や「我慢」ではないでしょう。残念なことに、商品を設計する場合には当たり前のように存在するものです。もちろん、技術革新によって打破できることもあります。しかし、物理法則として存在することもあり、なくなるものではありません。(2005/03/22)

 おっしゃる通りである。常に「あっちが立てばこっちが立たず」ということを忘れず、技術革新や創意工夫で打破することに取り組み、それでもなお物理法則に勝てないときはぎりぎりの判断をする、ということだ。書いていてそんなことができるのか、という気がしてきたが。

 最後にIT関連プロフェッショナル向けのサイトであるIT Proでも、トレードオフについて読者とやりとりをしたので紹介したい。3月7日、Tech-On!の紹介を兼ねて短文を書いたところIT Pro読者から電子メールをもらったので、そのことについてを翌日短文を書いた。この短文について二人の読者から書き込みがあった。ともに3月8日付である。

トレードオフとは「ORの抑圧」と同じだと思います。(30代、システム・インテグレーター、システムエンジニア)

「二兎を追う者は一兎をも得ず」という立派な日本語があるではないですか。「財布は一個しかありません」と言ってもよいですね。(ユーザー企業)

 さらに書き込みを読んだ別の読者からメールをもらった。

ORの抑圧だと「取捨選択」になると思うのは私だけでしょうか。100%は満たせないけれど限られた条件の中でbettrerな答えを見出そうとすることがトレードオフだと思っています。ばっさり切り捨てられる「取捨選択」は、とても簡単な決断方法だと思います。もちろん英断を迫られることもありますけれど。

 以上のやり取りに出てきた「ORの抑圧」とは、安易に妥協し、日本的な意味で落としどころを探ってしまうことである。IT Proの引用が多くなって恐縮だが、「ORの抑圧」とその反対の「ANDの能力」について一度書いたので、関心のある方はこちらをご覧いただきたい。

●コラム名を「さよなら技術馬鹿」とした理由(トップ・ページへ)