(前ページからの続き) 中村氏に時間を空けてもらったものの、午後一番に別件があるということで、宿泊先のホテルで昼食をとりながら話すことになった。筆者は中村氏に会うのは初めてであった。不勉強で中村氏の講演を聞いたこともなくテレビも見ないから「動く中村修二」を初めて見たことになる。

イラスト◎吉岡真理子

 中華レストランに入り品書きを見た中村氏は「あまり腹が減ってないんですよ。ラーメンにします」と言ったので、筆者や同行した日経ビズテック記者など全員がラーメンを食べた。中村氏は蝦(えび)そばを注文した。ラーメンほど取材や打ち合わせに不適な食べ物はない。しかも前日の新聞やテレビに顔が出たばかりだったせいか、レストランのお客さん達は中村氏に気付き、こちらのテーブルをチラチラ見てはあれこれと話している。

 しかしそんなことを気にしていては仕事にならない。時間は50分くらいしかない。1年前から聞きたいと思っていた質問を次々に中村氏にぶつけた。やり取りの一部を再現する。

 「中村さんがサラリーマンのために闘ったと言えば言うほど、かえって反感を抱くサラリーマンが増えませんか。ズー(ラーメンの音)」

 「何でです。ズー」

 「普通の真面目なサラリーマンは世話になった会社を訴えたりしない、ということです。ガチャン(れんげをぶつけた音)」

 「そりゃそうでしょ。僕自身、滅私奉公の典型的な会社中心サラリーマンだったから裁判なんてただの一度も考えませんでしたよ。ズー。大体ね、青色LED訴訟って反訴なんですよ、反訴。なんでマスコミの人はそのことを書いてくれないんですか。ガチャン」

 「……ズー」。

中村氏が指摘したメディアの問題点

 やり取りの再現はこのくらいにして、このとき中村氏にぶつけた質問を列挙しておく。

  • 一人ですべて発明したと言い張るなら、さっさと会社を辞めて起業すればよかったのではないか
  • 日本のサラリーマン技術者は今後どうすべきか
  • 「日本の司法は腐っている」という発言だけが報道されたがどう思うか
  • 「日本の裁判では偽証罪がないも同然」と言っているが中村氏本人は真実を話したのか
  • 結局のところ高輝度青色LEDは誰が生み出したのか

 意図はしていなかったが筆者の質問は「誘導尋問」に近くなった。中村氏は筆者の質問に答えるうちに「記者が勉強しとらん」「日本は司法もダメだが報道もいかんよなあ」と言い出したからである。

 ラーメンを食べ終わった後、中村氏と別れ、筆者は事務所に帰り頭の中を整理した。さらに数日後「ズー」「ガチャン」という雑音入りの録音テープを聞き返し、日本の報道に関する中村氏の指摘を次の5点に分けて集約してみた。

(1)発明報酬で企業は潰れない
(2)サラリーマン技術者の声
(3)最初に訴えたのは誰か
(4)日米の司法制度の違い
(5)準備書面の存在と内容

 その上で中村氏に「メディア批判の原稿を掲載したい」とお願いの電子メールを送った。メディアの人間がメディア批判の原稿を頼むのはいささか妙だが、筆者は青色LED訴訟の結末がこうなった原因は「報道がもたらした情報格差」にあると考えたのである。中村氏からあっという間に快諾の返信が到着した。こうして緊急寄稿は無事、日の目を見ることができたのだった。

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