「今、半導体スピントロニクスが熱い」という記事に詳細が載っておりますが、自分も弊誌の大石とともに「半導体×磁気」の特集を担当いたしました。といっても、自分は「番外編」という最後のパートを担当しただけで、ほとんど大石が書いています(汗)。そして、なぜかこちらの紹介ページには番外編が載っておりませんので、ここで少し紹介させていただきたいと思います。

 番外編では、磁気技術に強みを持つ日本企業の取り組みとして、三菱電機の車載用GMRセンサ、旭化成エレクトロニクスの電子コンパス、TDKの将来展望について、それぞれ取材させていただきました。特に三菱電機と旭化成エレクトロニクスの取材では、事業立ち上げ時の紆余曲折など、ドキュメンタリー風のお話をたくさんお伺いできました。

 取材で印象的だったのが、「この技術は早すぎた…」というコメントを多く耳にしたことです。三菱電機で車載用GMRセンサ事業を立ち上げた堤和彦氏(同社 常務執行役 開発本部長)は、1980年代に垂直磁気記録技術の開発に携わっていましたが、なかなか事業に結び付かなかったと振り返っています。「高密度化に向く垂直磁気記録技術を出すと、今度は面内磁気記録側がさらに頑張る。その結果、垂直磁気記録技術は1980~1990年代は日の目を見なかった」(同氏)。

 堤氏は1990年ころ、垂直磁気記録技術を光磁気ディスク(MO)に応用しますが、このMOもDVDなどとの競争に敗れてしまいます。ただし、MO向けに開発した4層磁性薄膜の形成技術は、磁性層と非磁性層を交互に積層するGMR膜の開発に生かされました。このGMR膜が現在の車載用GMRセンサにつながっています。車載用GMRセンサは、自動車のエンジン制御に欠かせない回転角センサとして利用されており、同社はこの市場で高いシェアを獲得しています。余談ですが、MO向けに開発した4層磁性薄膜の技術は、日経エレクトロニクスの1990年8月6日号に掲載されており、堤氏はその別刷りをお持ちでした。

 旭化成エレクトロニクスの電子コンパスは、スマートフォンをはじめ、ナビ機能を持つ多くの携帯機器に搭載されていますが、その誕生のキッカケも「早すぎた技術開発」にありました。1973年、旭化成は自動車用エアバッグの開発プロジェクトを立ち上げました。なぜ、エアバッグかというと繊維と火薬を扱っていたからだそうです。ここにセンサを組み合わせれば、エアバッグができるという目論見だったようですが、時期尚早で頓挫してしまいました。ただし、この過程で同社はホール素子を用いた磁気センサの開発をスタートします。現在、同社はホール素子を用いた磁気センサ市場で70%ものシェアを持っています。

 なお、電子コンパスの成功には、このホール素子だけではなく、ソフトウエア技術も大きく貢献しているようです。携帯機器の内部にはスピーカーや磁性シートなど、地磁気よりもはるかに強い磁界を生み出す部品がゴロゴロしています。電子コンパスでは、そうした余分な磁界(ノイズ)を取り除き、微弱な地磁気を抽出するソフトウエア技術が大きな強みになっているとのことでした。同社にはソフトウエアの研究部門があり、そこに所属する技術者の方々が多数参画して開発したそうです。

 今回はたまたま磁気技術に関連した企業に取材しましたが、このように「早すぎた技術」が形を変え、のちに大化けしたという事例は結構あるのではないかと思います。昨今の不景気や構造改革の中で、早すぎる技術開発プロジェクトがどんどん削られていくのは寂しい気がしますが、一方で別の出口を見つけることで、大きな成功を手にすることもあるのではないでしょうか。世界に誇れる技術が、今後も日本から生まれ続けることを期待します。