雑誌 特集

半導体×磁気

機器が変わる。日本が変わる。

大石 基之、木村 雅秀、大下 淳一=日経エレクトロニクス
2011/12/09 09:00
 

日本に新たなノーベル賞候補

 東北大学 電気通信研究所 教授の大野英男氏をご存じだろうか。情報サービス企業の米Thomson Reuters社が2011年9月に発表したノーベル賞の有力候補(「トムソン・ロイター 引用栄誉賞」)24人のうち、日本人として唯一選ばれた人物である。大野氏を含む今回の24人に共通するのは、過去20年以上の論文引用件数で全研究者の上位0.1%に入っていること。研究者の「スーパーエリート」とも言える存在である。

 大野氏は現在、まだ56歳で、現役バリバリの研究者。その同氏がノミネートされたのが、ノーベル物理学賞の候補だ。同氏の研究テーマは、スピントロニクス分野の「希薄磁性半導体における強磁性の特性と制御に関する研究」。本来は磁石の性質を持たない半導体に、その性質を持たせようとする研究である。

『日経エレクトロニクス』2011年12月12日号より一部掲載

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第1部<インパクト>
主記憶と論理LSIを不揮発に
パラダイム・シフトを起こせるか

半導体技術と磁気技術をLSI上で融合することによって電子機器の主記憶や論理LSIを不揮発にする技術開発が進んでいる。実現できれば、従来にない電子機器を生み出すための力強い手駒になる。

半導体技術と磁気技術の組み合わせでできること

 「半導体スピントロニクスで新しいパラダイム・シフトを起こす」(東北大学 教授の大野英男氏)──。

 電子機器の主記憶や論理LSIを不揮発にするための技術開発が、急速に進展し始めた。半導体技術と磁気技術をLSI上で融合する試みが進んでいる。10年以上前からコンセプトそのものは提案されていたが、ここにきて、ようやくコスト面などで既存の半導体を代替できるメドが立ちつつある。

性能を維持したまま不揮発に

 半導体技術と磁気技術の融合は、半導体(LSI)の配線層間にMTJ(magnetic tunnel junction)と呼ばれる素子を埋め込むことで実現する。MTJは、絶縁膜を二つの強磁性薄膜で挟んだ素子である。MTJに電圧を印加すると、トンネル効果により、絶縁膜に電流が流れる。この電流値が、二つの強磁性層の磁化の向きが同じ場合には大きくなり、逆の場合は小さくなる。一般には前者を状態「0」、後者を状態「1」に対応させる。

 強磁性層の磁化の向きは、外部から磁界を加えたり、MTJ素子に一定以上の電流を流したりしない限り、変わらない。これを利用することで、電子機器の主記憶や論理LSIを、電源が切れても情報を記憶し続ける不揮発性にできる。

 不揮発性の半導体といえば、メモリ・カードやSSD(solid state drive)などの記憶媒体として使うNANDフラッシュ・メモリがよく知られている。しかし、NANDフラッシュ・メモリを、主記憶や論理LSIを不揮発化するための手段として利用することは難しい。書き換え可能回数が105回程度に限られる上、高速ランダム・アクセスが難しいからだ。

 これに対して、MTJ素子は事実上無制限の書き換えが可能であるとともに、磁化反転はnsオーダーと極めて高速。ランダム・アクセスも可能なため、現行の主記憶や論理LSIの性能をほぼ維持したまま、不揮発性という特徴を備えさせることができるようになる。

『日経エレクトロニクス』2011年12月12日号より一部掲載

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第2部<実現技術>
垂直MTJでDRAM代替へ
ロジックは回路技術で補う

磁気技術ベースの不揮発性半導体は、具体的に今後どのように進化していくのか。メモリでは、新たなSTT方式と垂直磁化MTJの組み合わせでDRAM代替を目指す。ロジックでは、高性能と低電力の両立に向けて、当面は回路的な工夫が不可欠になりそうだ。

磁気技術ベースの不揮発性半導体の進化

 磁気技術に基づく不揮発性半導体の進化の道筋が見えてきた。

 メモリでは、これまで小容量にとどまっていたMRAMの大容量化が今後急ピッチで進む方向である。例えば、スピン注入磁化反転(spin transfer torque:STT)と呼ばれる新たな動作方式を導入したMRAM(STT-MRAM)の開発が佳境を迎えている。この新方式と並行して、現行品の動作方式を踏襲しつつ改良を加えることで、微細化に対応しやすくする技術開発も活発である。

 これらの状況を考慮すると、現行の電子機器の主記憶として使われているDRAMの代替が、2013~2014年に一部の用途で始まる見込みだ。さらに、MRAMとは全く異なる動作原理を採用した新型磁気メモリ「Racetrack Memory」の研究開発も進んでいる。

 ロジックに関しては、2013年ごろからラッチやルックアップ・テーブル(LUT)などが不揮発化する見通しだ。磁気技術をロジックに適用する際には、記憶素子であるMTJ(magnetic tunnel junction)の書き換えを高速かつ低消費電力で実行しなければならない。今のところ、高速に書き換えると、消費電力が大きくなるという課題がある。解決に向けては、回路技術の適用が不可欠になりそうだ。

 回路技術に頼らずに、MTJの書き換えを低消費電力で実行しようとの研究も始まっている。電界により、磁化の向きを変える技術である。実用化は5年以上先の見込みだが、実現できれば書き換え時の消費電力を2~3桁削減できる。その先には、トランジスタそのものを不揮発化する研究も徐々にではあるが、進められている。配線層間にMTJ素子を埋め込む必要がなくなるが、実用化は10年程度先になるだろう。

『日経エレクトロニクス』2011年12月12日号より一部掲載

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<インタビュー>
世界の設計者が集う拠点を日本につくりたい

大野 英男 氏
東北大学 電気通信研究所 教授
省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター センター長
1982年、東京大学 大学院 工学系研究科 博士課程を修了。北海道大学 工学部 電気工学科 講師および助教授を経て、1994年に東北大学 工学部 電子工学科 教授に就任。1995年から東北大学 電気通信研究所 教授を務め(現任)、2010年4月から現職。専門分野は、半導体物理、半導体工学およびスピントロニクス。

──米Thomson Reuters社が、ノーベル賞の有力候補に大野氏の名前を挙げました。スピントロニクス分野の「希薄磁性半導体における強磁性の特性と制御に関する研究」が受賞対象になると予測しています。ノーベル賞候補に名前が挙がったことを、どのように受け止めていますか。

 私の受賞が今後絶対にないとは言いませんが、先に受賞すべき方々がたくさんいらっしゃいます。ただし、ノーベル賞候補に名前が挙がる水準にまで、私が一翼を担った研究が進んできたことはありがたい。現在共に研究を進めているメンバーや、私の論文の引用者でもあるこの分野の研究者の方々のおかげです。

 私の研究が高く評価された部分があるとすれば、GaAsのような普通の半導体を強磁性体、つまり磁石に変えてみせたことでしょう。もう一つは、磁性を電界で制御するという新たな概念を提示し、自然界には存在しない物質でそれを実証したことです。

『日経エレクトロニクス』2011年12月12日号より一部掲載

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