それはウォークマンから始まった

 バリエーションで攻めるのではなく、少数精鋭の卓越した製品でもって顧客の心をつかむ。 そもそもソニーはそんな会社だったと、当時ソニーの取締役であった黒木靖夫氏にうかがったことがある。かつて同社はAV機器の専業メーカーで、「2割高くても2割の人は買ってくれる」高付加価値路線を貫いてきた。それが崩れたのが、ウォークマンだったという。

 「ソニーには、それまでシェア1位の商品などなかった。それが、いきなりウォークマンで圧倒的なシェアを持ってしまったわけです。とにかく初体験のことだから、どうしたらいいかなんてわからない。そこで頭をひねって考えたのが、バリエーション戦略でした。とにかくめちゃくちゃ沢山の機種を出すわけです。色のバリエーションもすごい。でも、ピンクのウォークマンなんて誰も買わないよね。それでも出す。『選べる』ということが重要なのであって、売れるか売れないかは関係ない。そうやって、ウォークマンのトップ・シェアを死守してきたわけです」

 確かにバリエーション戦略というのは、ときと場合によってはとても高い効果を示すものらしい。このウォークマンやチョコレート効果はほんの一例。ネットで検索してみると、さまざまな商品がバリエーション戦略のおかげで成功したという事例が紹介されており、論調としてはバリエーション戦略を「いいこと」と評価する意見が目立つ。

 有力な根拠の一つは、バリエーション戦略が「CS(顧客満足度)」にかなうということだ。ある企業のホームページでは、すごいバリエーションを準備していることを誇り、その目的を「お客さまの様々なニーズに応じるため」と明記していた。ニーズの多様化に対応するためのバリエーション展開、その結果として多品種少量生産という状況が出現する。そんな理屈である。

多様化は均質化を呼ぶ

 けれどもその一方で、「多様化」のお題目とは逆とも解釈できる現象が進行しているような気がする。それに気付いたのは10年ほど前。「そうか」とか早合点して、早速、当時属していた『日経エレクトロニクス』の1997年1月13日号で「『新・均質消費時代』のヒット商品」という特集を書かせてもらった。それを改めて読み返してみたのだが、状況は今も変わらず、むしろその傾向は強くなっているようにも感じる。

 当時、仮説として提示したのは「多様化の時代とは、実は均質化の時代なのではないか」ということだった。当時から「ニーズの多様化」は声高に叫ばれ「だからこれからは多品種少量生産」と言われていた。こうして多種多様なものが市場にあふれ消費者の選択肢は飛躍的に増えたのだが、消費者は必ずしも個性に応じて思い思いの選択を楽しむようになったわけではない。当時の消費者意識調査によれば、多様化と歩調を合わせるように若年層を中心に商品への「こだわり」が希薄になっている。そして結局は「一番売れているもの」「話題のもの」「有名なもの」に人気が集中してしまう。こうして、「ごく一部のものはすごく売れるけど、大多数の売れないものはさっぱり売れない」という状況が生まれてしまった。

 こうして、「勝ち組負け組の二極化」が進行する。それは商品だけでなく、企業にも及ぶ。かつては家電製品のシェアを多くのメーカーが仲良く分け合っていた。けれど、それはいまや昔話というのが産業アナリストの見方であるようだ。「6社も7社もいらない、そんなにあってもどうせ選べないから2~3社もあれば十分」というわけだ。こうした事情を背景に、事業統合や事業譲渡、企業合併が進んでいく。

 もちろんこのことは、すべての商品、すべての企業に通じることではない。平均値的には商品選択に関するこだわりが減っても、各人の中に「多くのものは皆と同じものでいいけど、これを選ぶときだけは、うんとこだわる」という選ばれた領域を残している。こうした人たちに向けられる「マニアックな商品」は、インターネットのおかげで昔よりずいぶん流通しやすくもなっている。つまり、人気のある平均的な商品だけを厳選して扱う「コンビニ」と、マニアックで先鋭的な消費者が集う「アキハバラ」や「ネットショップ」「ネットオークション」という2極を同じ消費者が同時に利用するというのが今日的消費の様相といえようか。

繁栄なき繁忙へ

 で、バリエーション戦略である。多くの企業が採用しているバリエーション戦略は、いわばマニア指向の商品ではなく、コンビニや量販店などで扱う一般的な商品で主に展開されている。こうした市場では、先にも触れたように勝ち負けが明瞭になってきており、多様な製品群を一堂に並べたところで、それぞれがそれぞれに売れるという状況はあまり期待できない。つまり、バリエーションを充実させることの意味が見出しにくい状況にあるのである。

 そのような手段に頼らずとも、絞り込んだ製品で圧倒的な強さを保持し続けられるということをアップルが示している。先輩格であるウォークマンはバリエーション戦略でシェア保持に成功したかもしれないが、その偉大なる初号機は決してバリエーションの一環で生まれたものではないだろう。ではチョコレート効果はどうなのか。それは確かに成功例かもしれないが、長期的に通用するものなのか。そもそも「まんまと乗せられちゃった」と笑って言える価格帯の商品だからこそできることなのではないか。

 そう言いつつも、もちろんバリエーション戦略を全否定するつもりはない。ときと場合によってはとても有効なのだろう。けれど、その戦略は普遍的な万能解ではないし、それどころか、ときと場合によっては負の効果を示すことすらあるものなのではと思うのである。

 そんな疑問をあるマーケティング専門家に投げかけてみたら、即座にこう返ってきた。「よく見抜きましたね。戦略とかもっともらしいことを言うけど、結局はマーケティングに行き詰ったときにやってしまう安易なやり方なんですよ」。彼に言わせれば、「何が当たるかわからないから、じゅうたん爆撃的に思いつくものは何でも出しちゃえ」というやり方のことを、カッコよく言い直したのが「バリエーション戦略」なのだという。

 問題なのは、一つの爆弾を複数に分けて広範囲にバラ蒔くようにすれば、それだけ労力とコストが増えるということだ。設計も製造も大変になる。それだけでなく、生産管理や在庫管理、流通管理もよほど煩雑になるだろう。それを同じ人数でこなそうとすれば、ものすごく忙しくなる。その一方で、爆弾一つ当たりの威力は小さくなってしまう。それで当たらなければ、もっと小分けにしてもっと広範囲に蒔いてみる。それでも当たらないからもっと広げようなどと言い出したら、それこそバリエーション地獄である。限度なく忙しさは増すけれど、製品の完成度は低下するばかり。その挙げ句、当たらないのは狙う場所が悪いのか、製品の完成度が低いのかすら分からなくなってくる。

数を許容すれば甘くなる

 ある編集者から、こんな話を聞いたことがある。本のデザインをデザイン会社に依頼すると、…(次のページへ