数を許容すれば甘くなる

 ある編集者から、こんな話を聞いたことがある。本のデザインをデザイン会社に依頼すると、数種類の案を示してくるのが一般的だ。けれど彼は「一発勝負」にこだわる。バリエーションを作る労力とアイデアをすべて1案につぎ込んでもらうのだ。しかも、1度で決める。「これをベースに手直しを」ということはしない。多くの案から選び何度も手直しするよりも、この方が少ない労力で、結果的には質の高いものができるのだという。

 労力を一つのデザインに集中させる効果もある。けれどもっと大きいのは「デザイナーがものすごく真剣になること」だという。複数案の提示が許されれば、相手の意図を十分に理解していなくても、沢山の案を示せばどれかがフィットすると考えてしまう。そのうえ再提出が許されるなら、十分に練りきれていないアイデアでも気にせず提出できる。その甘さを「一発勝負」で封じるのである。

 もちろんこの方法は、彼の常套手段ではあっても一般的ではない。けれど、「絞り込んで完成度を高める」ことが必要なのかもと思うことはある。本のデザインに限らず、「バリエーションを増やす」「頻度を増やす」ということが、安易さを許容する温床になっているのではないかと感じることがしばしばあるからだ。

それでも欲しくないもの

 ちょっと前のことだが、こんなことがあった。私たちメディアのもとには、プロモーションや意見聴取を目的に多くのメーカーの方が新製品や試作品などを持って訪ねてこられる。そのときも、ある発表前の新製品を持って、某社の製品企画担当の方が訪ねてこられた。で、一通り説明を受けたのだが、何だか新機能満載ですごいのはわかるが、ちっともそそられない。

 「いや、たいしたものですね。で、あなたはこれを欲しいとお思いになりますか」。たまらずに担当者の方に聞いてみた。まずは「はぁ?」という顔をされたが、気を取り直したように「あ、いや、私はあまり欲しくないですけど、こういうものを欲しがられる方もおられようかと思いまして・・・」などとおっしゃる。ふーんという顔をしていたら、「これではマズい」と思ったのか、こんな説明を始められた。

 「実はまだ内緒なのですが、○○という新技術がありまして、近々この技術を搭載した上位機種を発売する予定です、これが出れば、さらなるユーザー層の拡大が見込めます。同時に、××機能を簡易化した普及版も用意します。それだけではなく、やはり近日中に・・・」

 まあ、お約束だからと思い、また「それらのバリエーションがぜーんぶ揃ったら、その中にあなたが欲しくなる製品はありますか」と聞いてみた。

 「うーん、普及タイプなら・・・いや、やっぱりいらないか、あ、でも、色々出ればこういうもの欲しがられる方が増えるのではと思いまして・・・」

 すごく正直な方である。だから非難めいたことは言いたくはないのだけど、やっぱ、何か違うのではと思ってしまったのである。