序文

 「日本は素晴らしい人材をどんどんなくしていますね」。こんな書き出しの電子メールを受け取り、黒木靖夫氏の逝去を知った。元ソニー取締役、ソニー企業社長、黒木靖夫事務所代表。そんな肩書きより、「ウォークマン開発の立役者」として知られた。ただ、私個人にとっては、偉大な師ともいうべき存在だった。

 忘れられない言葉がいくつもある。

「売れなかったけどデザインは良かったなどと評論家はいうけど、あり得ない。売れなかったのは、デザインが悪かったからだ」

「色やかたちを整えることをデザインだと思い込んでいる人たちがいる。それは、とんでもない間違い。それは、単なるコスメティック・デザインであって、デザインの本質ではない」

 一貫して説き続けたのは、デザインという仕事の領域の広さだ。商品企画も構造設計も意匠設計もみなデザイン。それを理念とし、デザイナーが作り上げたモックアップ(原寸模型)が1ミリの変更もなく量産品となり、市場で話題を独占することを無上の誇りとされていた。このような芸当は、デザイナーが市場トレンドはもちろん、要素技術から生産技術までを熟知していない限りできない。

 こうも言っておられた。

「技術者の人たちが自分たちの殻から出てこないから、仕方なくデザイナーたちに技術を学ばせて、こちらから押しかけている。けれど、それが理想解ではない。デザインの領域にどんどん踏み込んできてくれる技術者が沢山現れることを本当は望んでいる」。

 その、叱咤の声はもう聞こえない。本当に残念なことである。追悼の意を込めて、黒木氏に寄稿していただいた原稿「ウォークマン流ブランド構築術」をここに再掲する。『日経ビズテック』2004年10月15日号の特集「実戦的ブランド論」に合わせて掲載したものである。

序文:仲森 智博=電子・機械局編集委員

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