まあこのこと自体は些細な出来事ではあったのだが、一事が万事ともいう。その意を強くしたのは、プラズマ・ディスプレイ(PDP)の研究開発について調べていたときのことだった。

直流か交流か

 ちょっと専門的な話になるのだが、PDPには「直流方式」と「交流方式」の2方式がある。日本でこの研究が始まった当初は交流方式だったのだが、その後、直流方式が台頭し、NHK技研が直流方式の旗振りをしたことから一気に直流方式が主流となった。当時の関係者の話を総合すると、当初はNHK技研でも両方式の研究を進めていたのだが、1985年に直流方式への一本化が図られた。研究者同士の議論では、自身が担当する方式の擁護と相手の方式の短所指摘が応酬されるばかりで結論が出ず、結局は予算の問題から装置投資が少なくて済むという消極的な理由で直流方式を選択したのだという。この間の経緯は、私が日経メカニカル(現日経ものづくり)の編集長時代に、わがままを言って企画・連載してもらった記事に詳しい(2003年10月号~2004年3月号『開発の軌跡』)。ご興味のある方は、ぜひご参照いただきたい。

 話を進めよう。この決定で交流方式を支持していた研究者は一掃され、内部を統一したNHK技研はその後、業界の統一をも目指すかのごとく多数派工作を展開する。研究コンソーシアムを結成して主要エレクトロニクス・メーカーを次々と巻き込んだのである。当時私は、あるエレクトロニクス・メーカーの研究所に在籍していて、PDPの技術調査を命じられた経験がある。そのメーカーはPDPの研究を始めるに当たり、どちらの方式を選ぶべきかで迷っていたのだ。数カ月をかけ関連論文を読み、自分の意見も付け加えて報告書を提出した。作成した報告書の結論は、将来性を考えるなら絶対に交流方式というもの。別の研究員も同じ命を受け調査していたのだが、やはり「お薦め」は交流方式だった。

 ところがそのメーカーは直流方式を採用し、NHK技研主催の研究コンソーシアムへの参加を決めた。上司に理由を尋ねると、「自分たちは新規参入組だから、やはり主流派に与した方がよかろうという政治的判断」だという。何だか釈然とはしない話だが、もっと釈然としないのが、新規参入組でもない大手エレクトロニクス・メーカーが、こぞってこの研究コンソーシアムに参加していたことだ。そのことを関係者にお会いするたびに聞いてみた。口をついて出てくる理由はみな同じで、「NHKだから」というもの。特にテレビや放送機器を主要事業として抱えるメーカーにとっては、NHKからのお誘いは「怖くてとても断われない」ものだったらしい。

「重み」の自覚

 私が問題だと思っているのは、NHK技研の「うちとしては直流方式に一本化する」という判断の是非ではない。彼らが「うちが誘ったらエレクトロニクス・メーカーは断れない」ということの重さを感じていただろうか、ということである。それだけの影響力があるとの自覚はあったと思う。だが、その力を産業界に及ぼすとき、どのような事態を引き起こすかを理解されていたのだろうか。しかも、直流方式に一本化した理由は、先に述べたように「内々の事情」であり「技術的検証の結果」ではないのだ。

 もちろん、前述のようにこれはかなり以前の出来事であり、「今もその体質は…」などと言い立てるつもりはさらさらない。しかも、この件ではたまたまNHKがからんでいたというだけで、同じようなことは、どこの組織間、組織内でも程度の差はあれ起こり得るのだと思う。そして、冷静な技術的検証以外の根拠で技術や方式が選択され、それが面子などの理由で是正を阻まれたとき、それはときとして回復が不可能なほど大きな傷となってしまう。それは不幸なことだ。

 PDPは、何とか危機を乗り切った。直流方式の技術的限界が露呈するや、主要メーカーはこの方式を捨て、交流方式の研究に着手したのである。NHK技研も「直流方式ではなくPDPを広めることが自分たちの使命」とその動きを追認するがごときスタンスを表明する。

 最も大胆な動きを見せたのが松下電器産業…(次のページへ