このほど開かれたトヨタ自動車の2006年3月期決算説明会では,販売台数,純利益ともに過去最高を記録するという華やかな成果報告の一方で,原価低減の改善額や売上高営業利益率が減り,収益性が低下しているという「課題」も浮き彫りになった。そこでトヨタは,2007年3月期の活動方針の一つとして,個別部品ではなくモジュール・システム単位でコストダウンを進める「革新的な原価低減活動」に取り組むと宣言した。
 この新しい原価低減活動は,クルマのECU(電子制御ユニット)を統合,標準化することを含むもので,クルマの設計思想(アーキテクチャ)をこれまで日本メーカーが不得意としていた「オープン・モジュラー」に変える可能性がある。そこで本稿ではクルマのアーキテクチャがどのように変遷してきたのかを振り返ると共に,ECUやそれに搭載されているソフトウエアがアーキテクチャをどのように変え,日本の製造業がどう対処したらよいかについて考えてみたい。

 2006年5月10日,東京のロイヤルパークホテルで開かれたトヨタ自動車の2006年3月期決算説明会に行ってきた(Tech-On!の関連記事1)。北米トヨタのセクハラ問題などもあって,てっきり報道陣でごった返して立ち見かと覚悟して行ったのだが,開催数分前でもなんとか前のほうに座ることができた。

 ただ,トヨタの首脳陣が並ぶひな壇と記者席の間の場所にラフな格好のカメラマンたちが列をなして座り込んでいる光景には,筆者はあまり見慣れないためか少し驚いた。渡辺捷昭社長らが登場して司会者が紹介を始めると,皆もっとも良いアングルを求めて,色々な体勢で撮影を始めた。フラッシュが一斉に焚かれ,シャッター音が会場に響く。シャッター音もこれだけ一斉に鳴ると,大粒の雨か雹(ひょう)がトタン屋根をたたくような音に聴こえる。カメラマンの中には,腹ばいになって下からのアングルで撮影している方もいる(図1)。

 カメラマンたちの仕事振りを眺めていると,渡辺社長の説明が始まった。トヨタグループ連結の販売台数,売上高,営業利益,純利益のすべての項目で過去最高を記録した,とまず概要を説明したうえで,渡辺社長は各論に入る前に「トヨタが目指す成長とは何かを改めて説明したい」として次にように語った。

 最も重視しているのは「質の向上」だという。それを支えるのが「商品力・技術力」(ただし「原価低減や品質を見極めたうえでのこと」だと注釈を加えた)だという。その商品力・技術力に「供給力」と「販売力」を加え,その3つのポイントに資金と人材などのリソースを投下していく。この方針を全地域,全商品セグメントにわたって展開することで機会損失を減らし,長期安定的な成長を目指したいとする。

「ものづくりの王道をしっかりと歩む」

 それらを総括する形で渡辺社長は,「ものづくりの王道をしっかりと歩み,ものづくり企業として成長していくこと。そして,そのことが社会の発展に役立つということを常に考えて経営していくことが大切だ」と言う。

 渡辺社長は,(1)商品力・技術力と(2)供給力,(3)販売力という上記三つのポイントごとに2006年3月期の成果を説明した。まず(1)の商品力・技術力では,ハイブリッドシステムの性能向上と原価低減を挙げた。特に,「ハリアーハイブリッド」などに採用したTHS IIでは燃費低減に加えてパワー向上により商品力を上げ(ハリアーハイブリッドの駆動系に関するTech-On!の記事),コストを半減することにより収益性を向上したという。(2)の供給力については,九州で20万台,岩手で10万台と国内生産能力を350万台から380万台に増やしたことが特徴的だったとした。ただし今後は「需要のある場所で生産する」という基本方針の下,海外での能力増強を図ると言う。(3)の販売力で挙げたのは「レクサス」ブランドのグローバル展開を図ったことだった。

 一方,2007年3月期に予定している主な活動としては次の3つを挙げた。すなわち,(1)年間販売台数40万台を超えるグローバルモデル(「IMV」「ヴィッツ・ヤリス」「カムリ」「カローラ」)について,「グローバルベスト・ローカルベスト」という共通のプラットフォームと基幹部品を開発しながらも,ローカルニーズに合ったデザインやアッパーボディを開発する方針のもとで展開すること,(2)設計思想に踏み込んだシステム単位の原価低減活動「VI(Value Innovation)活動」を推進すること,(3)中国,米国で海外新工場を効率的に立ち上げること,である。

クルマのアーキテクチャが変わる潮目?

 これらの話を聞いていて,筆者の頭に一つのキーワードが浮かんだ。「オープン・モジュラー化」である。製造業の競争力を考える本コラムの執筆者として,クルマの「製品アーキテクチャ」がパソコンのようにオープン・モジュラー化するのかに関心があるためである(Tech-On!の関連記事2)。

 本コラムでも何回も書いているが,東京大学教授の藤本隆弘氏らが提唱した製品アーキテクチャについて,改めて確認しておきたい。ここで言うアーキテクチャとは,設計者が考案した設計情報を基に,製品が生産され,顧客に渡る過程で,機能と部品をどう結びつけるかという基本的な考え方のことである。

 アーキテクチャには大別して,モジュラー(組み合わせ)型とインテグラル(擦り合わせ)型の二つがある。このうちモジュラー型の製品アーキテクチャとは,機能と部品が1対1に対応してすっきりと分かれているものを指す。モジュラー型の製品では部品と部品をつなぐインターフェースが単純であるために共通化・標準化しやすいという特徴がある。これに対してインテグラル型とは,複数の機能が複数の部品と関係する複雑な対応関係になっているものを指す。インテグラル型の製品では部品と部品をつなぐインターフェースが複雑で標準化できないため,部品の多くは専用に開発する要になる。

 さらにモジュラー型は,業界標準の部品を使う「オープン・モジュラー型」と社内の共通部品を使う「クローズド・モジュラー型」に分けられる。

 藤本氏によると,自動車のアーキテクチャは歴史的に見て,19世紀末に米フォード社が「T型フォード」というドミナント・デザイン(産業構造を決める決定版的な製品)を世に出して以来,インテグラルとクローズの比率が増えたり減ったりしているものの,「底流にはクローズド・インテグラルという流れを保ちながら,この100年ほどを推移してきた」(例えば,藤本『自動車の設計思想と製品開発能力』東京大学COEものづくり経営研究センターMMRC Discussion Paper No.74)。

インテグラルと原価低減の両立の歴史