電力・ガス取引監視等委員会が大手電力に対して内外無差別を強く求めている。大手電力各社が対応に動いているが、群を抜いているのが北海道電力だ。北電は2022年度後半に実施した2023年度年間物の卸取引をブローカー経由に一本化。取引は匿名で自社小売部門と他社なのが分からない状況で、価格優先で先着順に成約するため内外無差別を実現できる。さらに、内外差別の温床と指摘されてきた「変動数量契約」も廃止した。北電はなぜ、これほど思い切った方法に踏み切れたのか。

北海道電力の内外無差別対応は一歩、抜きん出ている
北海道電力の内外無差別対応は一歩、抜きん出ている

 北電で卸取引全般を手がけるのは、発電部門の「需給運用部・総合取引グループ」という、わずか7人の比較的新しい部署だ。

 需給運用部全体では60人を超える人員がおり、北電が保有する火力発電所や水力発電所の電力広域的運営推進機関への計画提出や日本卸電力取引所(JEPX)での取引など需給管理全般を手がける。

 総合取引グループは2020年8月に発足したトレーディング部隊だ。JEPXやベースロード市場などでの現物取引と、電力先物などのデリバティブを組み合わせて、発電事業の収益を最大化することが目的だ。

 実はこのグループ、7人のメンバーのうち4人が外部から中途採用したトレーディングのプロ。2022年6月まで北電副社長を務めた氏家和彦氏が「収益を上げる事業は、社外の人材でやろう」と、総合取引グループの設立と社外からの専門人材の招聘(しょうへい)を決断したという。

 メンバーの経歴はそうそうたるもので、長らく総合商社でデリバティブを手がけたベテラントレーダー、シンガポールでの実務経験を持つ石油・LPGブローカー、金利スワップのトレーダー、株式トレーダーのデータサイエンティストと多彩だ。

 氏家・元副社長自らが決断し、新たな組織を設置し、これだけの人材を集めたことは北電の本気度の現れだろう。

ブローカーは究極の第三者、透明性では文句なし

 北電が2023年度年間物の卸取引を、すべてブローカーのenechain(東京・渋谷)のプラットフォーム「eSquare」に一本化すると発表したのは、2022年10月31日のことだ(「2023年度受け渡しの電力卸取引について」)。

 決断の背景には監視委員会の動きがあった。監視委員会は近年、大手電力の様々なふるまいに対する監視を強めており、特に内外無差別に関しては細かくチェックしている。「内外無差別」とは、自社の発電部門と小売部門間の社内取引に比べて、新電力など社外への卸取引を不利に扱わないことを指す。

 2020年9月には、大手電力がそろって社内外・グループ内外を問わず無差別に電力卸販売を行うことを公的に約束(内外無差別コミットメント)。大手電力各社は、相対卸取引の交渉経過を細かく記録して監視委員会に報告するなど、内外無差別対応にかなりの工数を割く状況となっている(「グループ内卸契約に縛られる東電・中電・JERA、内外無差別はまだ遠い」)。

 決定打となったのが、2022年3月4日に開催した監視委員会・第71回 制度設計専門会合で、大手電力各社に「卸標準メニュー」の用意を求める方向性が示されたことだ。(「旧一般電気事業者の不当な内部補助防止策コミットメント実効性確保に向けた取組について」)。これまでは自社小売部門向けも含めて相対卸取引を行ってきた北電だったが、この会合を契機に、よりフェアな方法を検討することにしたという。

 大手電力各社の内外無差別対応は、①相対卸取引、②入札、③ブローカー活用したマーケット方式の3通りある。従来は各社とも相対卸取引で電力を販売しており、個社ごとに価格や数量を個別に交渉して決定する。内外無差別を説明するために、個社ごとの取引記録を作成するが、社外からは見えない部分が残る。「これまでの付き合いや調達量の規模などで条件が変わり、透明性に欠ける面もある」(関係者)。

 2つ目の入札は、あらかじめルールを設定し、購入希望者は一斉に入札を行い、入札価格や与信などの総合評価で落札者を決めていく。入札は内外無差別性が非常に高い方法だが、事前の準備や入札者の評価などの手間がかかる。また「誰がいくらで入札し、どのような評価によって落札者が決まったのかが外から見ることができない」(関係者)。

北電が利用するenechainの電力取引プラットフォーム「eSquare」
北電が利用するenechainの電力取引プラットフォーム「eSquare」
売り注文、買い注文、成約のすべての情報に登録さえすれば誰でもアクセスできる(出所:enechain)

 東北電力や関西電力は入札を採用している(「大手電力で初、東北電力が卸販売を相対契約から入札に切り替えた理由」)。だが、北電需給運用部・総合取引グループの今村理主任は「我々のチームは非常に少人数なので、準備を含めて工数がかかる入札は非常に大変だと感じていた」と振り返る。

 3つ目のブローカーを活用したマーケット方式は、市場参加者がザラバのオンラインマーケットで匿名で売買の注文や取引を行うもの。ザラバは価格優先で、同条件であれば発注が早いものから成約する方式のことをいう。株式や為替、債券、貴金属など他商品や、他国の電力取引でも広く普及している手法だ。マーケット方式ではブローカーが間に入った交渉も行われるが、特定の事業者を優先することがないよう、先着順に価格のみを対象に交渉を取り持つ。 

 北電が卸取引手法を検討する中で、ブローカーを使う方法を提案したのは総合取引グループリーダーの山波靖教氏だった。「透明性を高めるならブローカーが最良の選択。ブローカーは究極の第三者であり、内外無差別の実現という観点では、これ以上にない対応が可能」というのが、その理由だ。

 北電が起用したブローカーであるenechainの野澤遼社長は、「北電の売り注文や成約実績はリアルタイムで登録する全社に公表される。買い手に対する条件はすべて同じで、取引量が1MWでも500MWでも単価は変わらない。買い手が自社小売部門でも新電力も何の差もない。成約結果を見ると、北電小売部門より社外の事業者が安価に購入したタイミングもあった」と説明する。eSquareの登録は無料で特段の条件はない。つまり、取引参加者全員が同じ条件で北電の取引情報にアクセスできるというわけだ。

 enechainはスタートアップながら、自社でプラットフォーム開発を手がける。約130人の従業員のうち50人がエンジニアだ。「内外無差別性の担保にはエンジニアのリソースを相当割いて、例えばeSquareの取引ログはすべて記録している。取引ログは第三者であるenechainから監視委員会に提出している」(野澤社長)。

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