昨今の電力需給ひっ迫について、記者は日経クロステックのコラム「記者の眼」で2度ほど取り上げている。

 そこでお伝えしてきたのは、電力需給ひっ迫は「電力量(kWh)」の追加では解決せず、機動的な電力(kWもしくはGW)の増加が必要だという点である( 「再エネやEVの批判者が使う“古いデータ”が日本をおかしくする」「関東の太陽光や風力発電の実力を分析、3月の需給ひっ迫対策は?」 )。

 ところが、一般の報道や自治体の広報資料をみると、昨今の電力需給ひっ迫は、「電力不足」と翻訳されてしまっている。これはさらに「電力量不足」と混同され、電力量不足なら、電力量を増やす原子力発電(原発)を再稼働しないといけない、という“結論”にたどり着いてしまう。

 これが、単純に対策として誤りであることは、記者の最近の記事や、専門家である京都大学特任教授の安田陽氏などが伝えているところだ(「3月22日の電力需給ひっ迫はなぜ起きたのか、根本原因と対策を探る」)。

 ただ、その誤解がこれだけ広まってしまうと、誤解を一気に解くのは容易ではない。「風邪に抗生物質を処方する」という誤りと少し似ているかもしれない。専門家(医者)を含む非常に多くの人が一度そう思い込んでしまうと、そうじゃないよと厚生労働省が訴えても多勢に無勢で、なかなか伝わらないからだ。実際には、ほとんどがウイルス感染で起こる風邪に、細菌をやっつける抗生剤を飲んでも、直接の対策にはならない。抗生剤が効かなくても副作用がなければよいが、実際には腸内細菌バランスが大きく崩れるという深刻な副作用がみられることがある。

 電力の需給ひっ迫問題においては、年間電力量の追加が必要とはされず、そもそもそれが何の対策にもならないということが直感的に分かりにくいのも確かではある。正確な理解には、電力と電力量の違いの理解に加えて、電力系統における強い制約「同時同量則」についての理解、さらには、最近の日本の消費電力量が大きく減っていることなど複数の事実の確認が必要になるからだ。

日本は10年で消費電力量が12%減少

 年間電力量の追加が不要なことは、日本の消費電力量がこの10年、ほぼ右肩下がりで減っているという事実だけでも一目瞭然だろう。IEA(International Energy Agency、国際エネルギー機関)の資料によれば、2010年の日本の最終消費電力量は1123.75TWh。一方、2020年のそれは986.95TWhで、136.8TWh(約12%)も減った。電力量の需要が減っているのに、供給量(発電量)を増やすことは同時同量則からみても無理筋である。

IEAの日本の年間消費電力量の推移データ
左は2010~2020年の推移。右は1990~2020年の電源別内訳。2020年の太陽光発電は全体の約8%を占める(出所:IEA)

 減った理由については、データに基づく分析がほとんど見当たらないが、景気の後退、工場の海外移転、そして省エネルギーが進んだからだと推察できる。ちょうど2009年前後に本格化し始めた照明のLED化だけでも相当な消費電力量の削減になっているはずだからだ注1)

注1)日本の照明設備のLED化が100%になれば、それ以前に比べて照明に必要な電力量は最大で原発17基分(設備稼働率70%で約104TWh)になる。

 年間消費電力量がどんどん減っていることを知っていれば、最近目立っている、電気自動車(EV)の電力量をどう確保するのかという懐疑論は合理的ではないことが分かるはずだ注2)

注2)仮に約8000万台ある日本の車両がすべてEVになっても、現在の日本の年間消費電力量の15%を超えないという試算が専門家(例えば、産業技術総合研究所の櫻井啓一郎氏など)によってなされている。2010年の年間消費電力量比では12%弱にすぎず、この10年間の減少分をちょうど相殺するだけである。電力需要量の減少に合わせて発電設備も減らしてしまっているので、突然、需要が12~15%増えたら困るが、8000万台すべてがEVになるのは数十年かかるはずで、年間の需要増のインパクトは年間で1%分もない。かつては、経済成長率とその国・地域の電力需要量には強い相関があるとされた。仮に今もそれが成り立つとして経済成長率が2%の場合、年間消費電力量も年間2%増やさねばならなくなる。ところが、消費電力量の増加を心配して、経済成長しないほうがよいという意見は聞いたことがない。

この先は日経エネルギーNextの会員登録が必要です。日経クロステック登録会員もログインしてお読みいただけます。

日経エネルギーNext会員(無料)または日経クロステック登録会員(無料)は、日経エネルギーNextの記事をお読みいただけます。日経エネルギーNextに関するFAQはこちら